ウインターカップニュース

2017年12月21日

ウインターカップとは?

開催時期が3月から12月に!

名称が選抜大会から選手権大会へ!!

紆余曲折を経て

“真の日本一を決める大会”になったウインターカップ

 

 

 現在、ウインターカップは『3年生の総決算』『高校バスケ№1を決める大会』として捉えられているが、そうした重要な大会になるまでには紆余曲折があった。

 

 まず開催期間についてみると、今でこそ12月のクリスマスの時期に開催されているため“ウインターカップ”という呼び名が定着しているが、第1回大会(1971年)から第18回大会(1988年)までは学年末の3月開催。出場資格があったのは1・2年生だけで、どちらかといえば“新チームの力を試す大会”だった。それが、第19回大会(1988年)から12月に移行されたため、3年生も出場可能に。

 

 バスケットは仲間と共有する時間が長ければ長いほどチームケミストリーの完成度が高くなるスポーツ。学校単位で考えた場合、それまでは夏のインターハイが、1~3年生が一緒に戦える最後の試合だったが(国体は複数校の合同で戦うケースもあるため)、ウインターカップが12月開催になったことで夏に比べよりチームの完成度を上げた戦いが見られることに。また、夏に全国大会出場権を逃したチームに、リベンジする機会が与えられるということで、これまでも様々な物語が紡がれてきた。

 

 そして、ウインターカップは、昨年まで正式大会名が『全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会』だったことからも分かるように、元々は各ブロックから推薦された(ブロック予選を勝ち抜いた)チームが出場する“選抜”という色合いが強い大会だった。例えば、第1回大会の出場校は男女各16校の計32校(ちなみに、男子優勝は明治大付中野。女子優勝は大曲)。その後徐々に枠が増えていくが、1989年の第20回大会までは都道府県の代表ではなく、各ブロックから推薦された(ブロック予選を勝ち抜いた)チームが出場していた。

 

 そのフォーマットが大きく変わったのが第21回大会(1990年)からで、東京から2校、そのほかの道府県から各1校の計48校に。そして第40回大会(2009年)からは東京の出場枠が1となり、各都道府県の代表1校に加え、インターハイの優勝および準優勝校(計2校)、さらに開催地枠(1校)の計50校、男女合わせて100校が参加するフォーマットとなった。

 

 こうして、各都道府県から最低1校、しかも3年生が出場する最後の全国大会ということで、これまでも実質的に高校№1を決めるのがウインターカップだったが、今年から大会名称が『全国高等学校バスケットボール選手権大会』へと変更された。“選抜”という文字が取れ、“選手権”に変わったことで、文字どおり“真の高校日本一”を決める大会となったのだ。

 

(月刊バスケットボール)

 

 

 

 

 

 


  • zamst FILMISTA
  • 月バスカップ2018試合結果
  • side-jx_eneos-banner