大学生

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2017/12/17

【SPECIALインタビュー】東京医療保健大#0森田菜奈枝

 

プレータイムは、43秒――。

 

それでも、今年の女子全日本大学選手権(インカレ)において、“主役”は彼女だったと言えるだろう。優勝した東京医療保健大のキャプテン・森田菜奈枝だ。

 

 

桜花学園高出身の森田と聞いて、2012年のウインターカップを思い出す者も多いかもしれない。当時2年生だった森田は、大会前に膝の大ケガを負った同級生の山田愛(JX-ENEOS)に代わって司令塔に抜てきされたが、3回戦で上あごを骨折。大会中に手術を行い、それでもコートに立って、準決勝からは「勝つことが一番。試合中は痛くない」とフェイスガードを外してプレーした。周囲が驚くほどのガッツと根性。そんな森田の存在が、チームを奮起させ、桜花学園高の全国優勝につながった。

 

あれから5年。東京医療保健大の4年生になった森田を、またしてもアクシデントが襲った。9月24日、リーグ戦の試合中に左膝の前十字じん帯を断裂。キャプテンを務める大学ラストイヤー、これからという時期に、今季中の復帰が絶望となったのだ。

 

それでも森田は、残りのリーグ戦中も常に笑顔でベンチに座っていた。仲間の好プレーには歓喜を爆発させ、流れが悪いときも笑顔で励まし続けた。

 

そんな森田をコートに立たせたい――。チームメイト全員が抱いたこの願いは、東京医療保健大の今大会の強さを間違いなく支えていた。そして決勝の終盤、「みんなに『ありがとう』という気持ちでコートに立った」という森田が3Pシュートを決めてのける。まさにバスケットの神様が、ほほ笑んだ瞬間だった。

 

もともとガッツと根性がある森田と言えど、ケガを乗り越えることは簡単ではなかったはずだ。それでもなぜ、彼女は笑顔でいられたのか。インカレ決勝を終えた後日、インタビューで彼女の思いを聞いた。
※インカレの模様は12/25発売の月刊バスケットボール2月号で掲載!

 

 

■森田 菜奈枝

(東京医療保健大#0/4年/160㎝/G)

「自分を信じて、仲間を信じて、

自分たちのやってきたことを信じる」

 

――インカレ優勝、おめでとうございます。

「みんなで一つの目標に向かって頑張れた、ということがうれしいです。それに、このチームが終わってしまったという寂しさも強いですね。なんか全然、終わったという感じがしないです」

――実感がないんですね。

「決勝が終わってからも、またすぐ自分たちの課題を見つけて練習に取り組むんじゃないかって、みんなで話していました。まだまだ続く気がするんですけど、でもやっぱり現実は違う。もっとこのチームでバスケしたいなって思うし、恩塚さんとバスケするのも終わったんだなと思うと、寂しいです」

――森田選手自身、今年はリーグ戦中に大ケガを負いました。そこからどう立ち直ったのでしょうか。

「ケガしたとき、恩塚さんから『お前が歩んできた道は間違いではないし、すべてのことに必ず意味はある。その意味に気が付くのは何年先になるか分からないけど、絶対に気付くときが来るから』と言われて、本当にその言葉を信じてやってきました。今では、みんながその“意味”を感じさせてくれたとすごく思います」

――なぜその“意味”を感じることができたんですか?

「ケガして最初は、『今まで何のためにやってきたんだろう』って思いました。体育館にも行きたくなかったです。行ったら、自分がコートにいない現実を思い出しちゃうから。『ユニフォーム、もう着られないのかな』とかマイナスなことしか考えられなくて、前向きにリハビリするなんて絶対に無理だと思っていました。でも、怪我して初めてみんなの練習を見たとき、みんなのすごく頑張る姿を見て、自分がこんなに落ち込んじゃダメだと思って。それに、恩塚さんとみんなが『必ずインカレの決勝で残り1分で10点差つけて試合に出すから』って言ってくれたんです。私が怪我した日に、その目標を恩塚さんとチームメイトが立ててくれて、『自分が諦めたらダメなんだ』という気持ちに変わりました。だから自分も、自分にできること、自分だからこそできることを探して、頑張りたいと思ってやっていました」

――“自分だからこそできること”というのは?

「自分には伝えることしかできないので、声を掛けることは意識していました。特に、プレーがうまくいっていない子や落ち込んでいる子には、練習中も、練習以外の時間でも声をかけるようにして。自分も練習を見ていて、自分がやっているときとは全然違う分、気が付くことも多くなりました。それに、自分は全然後悔はしていないんですけど、でもみんなには全部出し切ってほしかったので、『一日一日を大切に、全部出し切ってほしい』ということは、伝えるようにしていました」

――声掛けもそうですが、どんなときも笑顔でいる森田選手の存在は大きかったと思います。

「自分が不安な顔をしたり暗い顔をしたりしても、それがチームのプラスになるわけでは絶対ないと思って、常に前を向くようにしました。恩塚さんや自分たちが大事にしてきたことは、立ち振る舞い。バスケットに対する立ち振る舞いとか、普段の私生活の部分とか、全てです。今までも、そういうところから自分たちは意識してきてやってきたので、自分の笑顔が、チームにとってプラスになるんじゃないかって…勝手に思っていました(笑)」

――インカレにはどんな心境で臨みましたか?

「リーグ戦が終わってから、少しでも成長できるように『やれることは全部やる』ということをみんなで言っていて。リーグ戦での課題や収穫をみんなで振り返って取り組んできました。だから『やれることは、やったな』という心境でした」

――今大会、圧倒的な強さで勝ち上がりました。ベンチから仲間の活躍を見てどう感じていましたか?

「本当にやってきたことは裏切らないんだなと。みんな、やってきたことに自信を持ってやっているなと、見ていて感じました。それぞれが、力を出し切ってくれたと思います。一人一人が出し切ったこともあるし、試合に出ない選手も含めて、チームが一つになって全員が出し切っているなと思いました」

――恩塚監督も、「それぞれが自分にできることを探して貢献できるチームになった」と言っていました。
「本当にそうです。例えば決勝の前、1年生のマネージャーの子が自分たちのためにモチベーションビデオを作ってくれました。そういう子たちの思いをエネルギーにして戦うことが大切だなと思ったし、ユニフォームを着ていない子たちも、自分たちがチームのために何ができるか、考えていました。相手チームの対策をするために夜遅くまでビデオを見て相手の動きを覚えてくれて、それでスタメンに全力でぶつかって対戦相手になってくれたし、一人一人ができることをやってきたからこそ、この結果につながったと思います」

――決勝では、終了間際にコートに立ちました。あのときの心境は?

「やっぱり、みんなのためにコートに戻ることや、みんなのためにシュートを決めることが一番のお返しだと思って、『絶対に出たらシュート決めてやる』と思っていました。みんなにありがとうという気持ちでコートに立ちました」

――それでまさか本当に3Pシュートを決めるとは、さすがでした。

「ケガしてから、激しくは動けなかったんですが軽めのシューティングは、マネジャーさんにリバウンドのサポートをしてもらいながらやっていました。だから、支えてくれた人たちのために、シュートを決めるという思いで打って。夢中過ぎて、自分でも入った実感がなかったです」

――試合が終わる前からチームメイトも涙していましたね。

「交代で試合に出たあと、タイムアウトになったときに自分がすごい涙目になっていたんですよ。そのとき恩塚さんから『泣くのはまだ早い』って言われて。でもビデオ見たら、恩塚さんも泣いていましたね(笑)」

――話は変わりますが、今年キャプテンになったのは自ら立候補したのですか?

「毎年4年生で話し合って決めることになっていて。ただそのとき、自分は絶対やりたくないと思っていたんです。やりたくないというか、できないだろうと。話し合ったときにみんなが自分を指名してくれたんですけど、その日のうちに決断することはできなかったです。でもマネジャーの大沼明日郁が、『全力で支えるし、トワ(森田のコートネーム)しかいないから。一緒に日本一になろう、トワならできる』って言ってくれて、次の日、恩塚さんに『自分がやります』と言いに行きました」

――キャプテンはできないと思っていたんですね。

「はい。中学のときは一応キャプテンでしたが、キャプテンらしいことは全然していないし、自分は本当に気の回ったこととかできなくて、引っ張る性格でもないなと。でも、今までは自分の限界を決めてたなと思いました。今思えばですけど、自分の強い想いとエネルギーがあれば、周りの人にも通じるんだなと。自分が決断して信じて貫き通せば、周りにも伝わるし、みんなもそれに付いてきてくれます。自分を信じることって、勇気がいることですけど、大事だなと思いましたね。自分を信じて、仲間を信じて、自分たちのやってきたことを信じることが大事で、そうすれば道も開けるんだなって、すごくこの4年間で学びました」

――改めて、今年の東京医療保健大はどんなチームでしたか?

「一生に一度しかないチームだなって思いました。たとえ優勝できてなかったとしても最高のチームなんですけど、勝つことによってそれがもっと最高になったというか、日本一になって、最高のチームの証明ができたと思います」

 

有終の美を飾った東京医療保健大の4年生

 

(月刊バスケットボール編集部)


  1. 古谷敬央 より:

    森田さん、四年間お疲れさまでした。高校時代からの怪我も府も含めて森田さんのキャリアなんでしょう。それを乗り越えていらしたからこその笑顔なんだとインタビューを読んでおで思いました。また、これから長い人生もきっとその笑顔ででご自身だけでなく、今以上にきっと周りの方も助けていけるのだと思いましたよ。これからのステージも頑張ってください。応援しています。また、素敵なインタビューを読ませていただき、ありがとうございました。

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