月刊バスケットボール5月号

今週の逸足(CLASSIC KICKS)Vol.6-1

  Vol.6 NIKE AIR JORDAN 6 ナイキ エア ジョーダン 6   文=岸田 林   ★1990年代のブルズ王朝を象徴していた“伝統”の黒いバッシュ レギュラーシーズン、オールスター、プレイオフ、そしてNBAファイナル…。スター選手が試合に応じてバッシュを履き分けることは、現在では当たり前の風景だ。今年もNBAプレイオフに合わせて、色とりどりの限定モデルが発表されている。その源流をたどると、1989年のブルズにたどり着く。   当時ブルズのアシスタントコーチを務めていたフィル・ジャクソン(現ニックス球団社長)は、チームの結束を高めるため、『プレイオフからは全員黒いシューズを着用する』ことを提案する。チームの中心選手だったマイケル・ジョーダン(元ブルズほか)は、当時発売されたばかりだった黒の「エア ジョーダン 4(AJ4)」を着用し、1回戦の対キャブズ第5戦で44得点の大活躍。試合終了直前には、クレイグ・イーロー(元キャブズほか)のディフェンスをかわし、逆転となる“ザ・ショット”を決めた。この時、ジャクソン自身もベンチでジョーダンと同じ黒の「AJ4」を履き、選手と喜びを分かち合っている。   ちなみに、黒いバッシュを履いたチームはブルズが最初というわけではない。例えば、セルティックスは50~60年代の8連覇時代から、チームのほぼ全員が黒い「コンバース・オールスター」や「アディダス・ブラックスター(のちのキャンパス)」などを着用している。これはヘッドコーチのレッド・アワーバック(享年89)の指示によるものだが、その理由は「白いシューズほど汚れが目立たず、選手たちが何度も履き替える必要がないから」という、極めて実用的なものだった。だがその姿はセルティックスの圧倒的な強さと相まって、いつしか“伝統”へと昇華し、ラリー・バード、ケビン・マクヘイル(共に元セルティックス)、ロバート・パリッシュ(元セルティックスほか)らが君臨した80年代以降にも受け継がれていった。   ジャクソンはこの“伝統”を、89年当時、まだ優勝経験のなかったブルズに持ち込もうとしたわけだ。翌年ブルズのヘッドコーチに昇格したジャクソンは、その後もこのゲン担ぎを継続し、91年にブルズは念願のNBAファイナルに初進出。相手は当時31歳のマジック・ジョンソン率いるレイカーズ。少しルーズなジャージーにバギーパンツを着こなすジョーダンに対し、タイトなジャージーとショーツ、そしてハイソックスというクラシカルないでたちのマジック。ジョーダンはすでに6作目となる「エア ジョーダン6(AJ6)」の ブラック×インフラレッドを着用していたのに対し、マジックこの年初めてリリースされた自身のシグニチャーモデル、「コンバース・マジック」のホワイト×パープルを着用。2人の対決はファイナルが始まる前から“NBAの世代交代”を象徴していた。結果は、ブルズが4勝1敗でレイカーズを退け初優勝。チームリーダーとしての実力を証明したジョーダンの人気は頂点に達した。 (つづく)   写真=中川和泉 (月刊バスケットボール2017年6月号掲載)

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