Hagiwara in WNBA

萩原すべての日記



1997/08/10 トレードの一部始終

いやー忙しかった忙しかった。 私が正式にサクラメントモナークスからフェニックスマーキュリーにトレードされてから早 10日が過ぎた。トレードの話を耳にしたのが7月29日で、実際にトレードを宣告されたのが7月31日だったかな?正式 には8月1日づけとなるらしい。

初めはめちゃめちゃ深刻に捉えてしまった。私はこのチームに不要なんだ、とか、折角2ヶ月たって生活の基盤も安定しはじ めてきたのに、とか、フェニックスに日本人はいるだろうか、とか。おりしもモナークスは、ヘッドコーチのメアリー・マー フィーがクビになり、アシスタントコーチで、皆さんのご記憶にも新しいアトランタオリンピックで優勝したUSA女子ナシ ョナルチームのヘッドコーチ、タラ・バンダビアー(スタンフォード大)の実妹であるハイジ・バンダビアーが新ヘッドコー チに就任し、新しいチーム体制にみんな希望を新たにしていたときのことであった。

メアリーがクビになった時、大抵のプレーヤーは喜んでいた。みんなこれで少しチームが良くなる、と感じ、試合に使っても らえなかったプレーヤーも、補欠のプレーヤーも(DeveropmentPlayer、と言います。)今度こそ私の番が 来た、と小躍りしたのである。誰もメアリーのその後を心配する人はいなかった。こういう世界なのだ。 その日、明るい雰囲気の中練習を終え、ウェイトをしている最中だった。私と通訳のアリソンがハイジに呼ばれた。とうとう 来たか、と思った。その前々日位の地元の新聞で、私にトレードの噂が流れている、と報じられていたのを聞いていたからだ った。

ハイジは、私の意思じゃないのにこんなことを告げなくてはならないなんて、損な役回りだ、と苦笑した。そしてこういう言 い方をした。「私は今まで、オー(彼女は私をオーと呼ぶ)をトレードする、という話は単なる噂だと思っていた。でも今日 たまたま別の用事があってオフィスに行った時(ARCO ARENAの上階にはキングス、モナークス関係のマネージメン トオフィスがある)そこの人たちの話を聞いた。オー、あなたは95%の確率でトレードされるだろう。」私は苦笑とも苦渋 ともつかない表情をしていたの違いない。口元の辺りに妙に力が入っていた。「行き先はフェニックスになるだろう。このト レードが成立した場合、あなたは48時間以内に新しいチームに出頭しなくてはならない。交通費・宿泊費は行き先のチーム が持つことになっている。」ハイジ独特のゆっくりと噛んで含めるような言いまわしで彼女はここまで一気に言った。「何か 質問はあるか。」 質問だらけだった。

何がどうしてどうなって、何をどうしてどうすればいいのか、皆目見当がつかなかった。

「但し、このトレードは私の意思で はない。」とハイジは繰り返す。「どうやらWNBA側が取り決めたようだ。そしてこれはまだ決定ではないということ。も しかするとトレードはないかもしれない。トレードの期日は7月31日までだから。そして私にはこれ以上の情報は今のとこ ろ無い。」明日は、NYへの移動日だった。「あるかもしれないし、無いかもしれないのですか?」「そう聞いている。但し 95%確実だろう。」あるかもしれないし無いかもしれない、と言うのなら確率は半々というべきなんじゃないかな、と一瞬 思ったが言を弄しているようで、ハイジに悪いかな、と思いすぐ打ち消した。

「もし、今日中に何か決定があれば、電話す る。トレードの決定がなされたら、新任のジェネラルマネージャーと一緒に(前任はメアリーがヘッドコーチと兼任してい た。)正式にアパートの方に通達に行く。4時ごろまでには分かると思う。行く前に必ず電話を入れるよ。」そして事態をど う捉えたらいいのか分からずただ黙っている私を優しく見つめながら言った。「日焼け止めを買わなくちゃね。」

それから、アパートに帰る道すがら、やらねばならないことを一通り考えた。明日のNY遠征のパッキングをしながら引越し の準備も少しずつ始めた方がいいのかなあ。あ、でも、無いかもしれないんだから、まだそっちの方は必要ないのか。銀行口 座も移さなくちゃならないのかなあ、ユニオンバンクはカリフォルニアにしか無いらしいから。向こうにそういうことを手伝 ってくれる日本人の人がいるのかなあ。カリフォルニアには日本人が多いけど、アリゾナに多い、とは聞かないし・・・。通 訳をまた私が探さなくちゃならないのかな、移動はどうするんだろう、車ないと不便だし、グロセリーストアは近くにあるの かな、電話代も払わなくちゃ・・・。ドッと憂鬱な気分になった。

何より一番の心配事は、チームを組んで2ヶ月を経たチームに、コミュニュケーションもろくにできない私が果たして受け入 れてもらえるのだろうか、ということだった。・・・この辺りの悩みの発生の仕方に、私がここで一番苦労したのは何か、と 言う命題が凝縮されておりますねっ! それから4時までの時間が永かったこと永かったこと。一応日本の家族とチームの方 には連絡して、手持ちぶさたでいらいらと時計を見ながら雑誌を繰ったり、洗濯をしたりして時間を潰した。NYへ行く用意 はする気にならなかった。だって行かないかもしれないんだから。 4時になっても電話は来なかった。アメリカ式のこうい った時間感覚には慣れてきたので、なんやかんやと遅れているのだろう、と思ったがそれでもやることなすこと手につかなか った。

5時になり、6時近くになったところで、昼間あったことが全部嘘のように思えてきた。メアリーがいて、私はもちろんモナ ークスの選手で、明日はみんなとNYに行かなくちゃならなくて・・・。などと思っていた矢先に電話が鳴った。「Hell o OH?This is HAIDI.You’ll go to NY.」「NY?!」私は素っ頓狂な声を上げた。NYにトレ ードが決まったのか、と勘違いしたのである。動揺していたのがバレバレである。やはりハイジに笑われてしまった。

「N o,no,no.You’ll go to NY withus.」“with us”のところにアクセントを置いてハイジが 言った。「じゃあトレードはないのですか?」「今のところはね。でもまだわからない。あと2日あるから。」2日ったっ て、明日は移動日だしその次はゲームだし、そしたらもう8月になっちゃうよー。私に行けってことはゲームに出ろってこと だから、うーんこれはきっともうないな。トレードは。さてパッキングしなくちゃ。明日は初めてのNYだ。飛行機に6時間 も乗っていなくちゃならないけど、時差も3時間もあるんだけど、楽しみだなあ。・・・などと浮かれていた私が大甘だった のでした。

NY。それは今もっとも経済の活気を呈している街。そして私は忘れていた。そこにWNBAのオフィスがあることを。 ハ イジがヘッドコーチになってから初めての試合がアウェーのNY戦だった、新生モナークスとしてふさわしいスタートを私た ちは切らなければならなかった。いやがおうにも士気は高まった。相手は1位を独走しているNYリバテイーだが、そんなこ とは私たちに何の関係も無いんだ!!私も心底勝ちたいと思った。ハイジのために勝ちたいと思った。少しでもチームに貢献 したいと思った。ハイジはアシスタントコーチ時代、試合に使ってもらえない私に常に気を配ってくれた。周りの言うことな んか気にしないで、オーはただ全力でバスケットに取り組めばいいんだよ、とアドバイスしてくれた。GAPとPEPSIを こよなく愛するハイジはその細かな心遣いで、特に試合から遠ざかっている選手の人気者だった。

練習前後、試合前後には必ず、ストレッチしている私たちの輪の中に入って来て一人一人と「グー」でハイファイブしてくれ た。 絶対出番が来たら一本決めよう。どんな小さなチャンスも逃さずにシュートを打とう、と心に決めていた。今まで“ベ ンチ・ウオーマー”だった一人一人を、ハイジは試合に出していった。もちろん私にも出番は来た。決心どおり3Pを一本決 めて帰ってくることができた。

気迫で迫る私たちに、NYは明らかに押されていて、試合はもつれにもつれ、マイテイー・ルーシーのシュートで同点となり 延長にもつれ込んだ。結局延長では地力の差が出て私たちは負けてしまったのだが、私自身もこれからのモナークスに期待が 持てるな、と感じれるようなゲームだった、とロッカーで着替えをしていた時だった。

私がよく知っているWNBA PR担当のルネーがロッカーに入ってきて私に微笑みかけた。「元気?いい試合だったわね !」ルネーが試合に姿を見せるのはそんなに珍しいことではなかったので別段気にもしていなかったのでが、彼女は着替え終 わった私を隣りの部屋に呼び込んで人払いをした。 「WNBA側の決定で、あなたを8月1日づけでフェニックスにトレー ドします。」試合にも出て、もうトレードはないだろう、とすっかり油断していた私は、まさに寝耳に水。

但し、状況は私の想像とはちょっと違っていた。「フェニックスのヘッドコーチ、シェリル・ミラーから、3Pシューターが 欲しい、と言う要請があったの。シューターがチームに必要だからトレードを認めて欲しい、と。それで、モナークスの、美 樹子はルーシーの控えでほとんど試合に出ていないじゃないか、うちのチームにくればもっと試合に出すから、って。あなた にとってはとても良い話だと私は思うんだけど。」つまり、モナークスがいらないから私を出すんじゃなくて、フェニックス が欲しいから私を入れるんだ、と彼女は強調した。

私の意志ってこの場合どれくらい尊重されるんかなあ、と思いながら話を聞いていたのだが彼女の口調は有無を言わさぬもの だった。私が契約したのはモナークスではなく、WNBAなのでこういうことが起こりうるのだろう。そして彼女は続ける。

「しあさって、NYでフェニックスの試合があります。彼女たちは明後日ここに来る予定なので、あなたはこのままNYにと どまって明後日フェニックスの方に合流して下さい。ホテルの宿泊費はもちろんWNBA側が負担します。だから明日は一日 オフよ。NY観光でもして行ったらいいわ。」「じゃあ、私は明日モナークスと一緒にシャーロットに移動しないんですね ?」「しません。詳しくは明日の朝、私のオフィスで朝食を摂りながら話しましょう。今日はもう遅いから。シェリルはあな たを大歓迎する、と言っているわよ。」 誰がこんな筋書きを予想できただろう。

かくして私は急遽、フェニックスにトレードされることになったのだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・つづく。

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