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<title>Basketball Diary</title>
<link>http://www.basketball-zine.com/miyaji/</link>
<description>宮地陽子の取材レポート </description>
<language>ja</language>
<copyright>Copyright 2010</copyright>
<lastBuildDate>Fri, 05 Feb 2010 14:48:44 +0900</lastBuildDate>
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<title>昔ライバル、今チームメイト</title>
<description><![CDATA[<p>　ブログではすっかりご無沙汰してました。<a href="http://twitter.com/yokomiyaji" TARGET="_blank">ツイッター</a>は気楽に書けることもあって、取材ネタなどちょこちょこと書いているので、興味ある方はそちらも見てくださいね。</p>

<p><br />
　さて、久しぶりなので少し前の話。１月半ば、キャブスがLAにやってきた（＠クリッパーズ戦）。</p>

<p> 　試合前、ロッカールームに行くと、ちょうどレブロンがジャワッド・ウィリアムス（元北海道レラカムイ）といっしょに試合前の練習に行くところ。エンドラインから見ていたら、二人で交互にシュートを練習していた。</p>

<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1100079s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1100079s.php','popup','width=400,height=296,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1100079s-thumb.jpg" width="162" height="120" /></a>　<a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1100069s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1100069s.php','popup','width=400,height=303,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1100069s-thumb.jpg" width="158" height="120" /></a></p>

<p><FONT COLOR="#804000">　余談だけど、シュート練習を見ていると、レブロンは本能でプレーしている選手だなぁと思う。練習だからといって丁寧に打つわけでもなく、崩れた体勢から軽くポンポンと打っているのを見て、そう思った。決して努力していないという意味ではなく（努力はすごくしていると思う）、それ以上に本能と運動能力が桁はずれということなのかもしれない。</FONT></p>

<p>　そういえば、レブロンとジャワッドは同じクリーブランド出身で、年齢も２歳違いだけに仲がいいんだっけと思い出し、試合後にジャワッドに高校時代のことを聞いてみた。<br />
　ジャワッドいわく、レブロンの高校とは正式な試合はしたことはないけれど、一度、スコアもつけないスクリメージ（練習試合）をしたことがあるのだという。ジャワッドがジュニア（３年＝日本の高校２年）、レブロンがフレッシュマン（１年＝日本の中学３年）のときのこと。レブロンともその話を時々するらしい。といっても、自分やレブロンがどんなプレーをしたかということはまったく覚えていないのだとか。<br />
「覚えているのは、チーム同士であやうく喧嘩になりそうだったことだけ。レブロンは当時からうまかった。でも、ここまですごくなるとは思わなかった。あの頃はまだ6-5、6-6ぐらいの身長だったんじゃないかな」（ジャワッド）</p>

<p>　そのジャワッド、クリスマスにレイカーズとの試合でLAに来た頃には、あまり出番がなくて、出ても点差が開いた試合の最後１、２分だけだった。それが、年が明けてチームに故障が続いたためにチャンスが回ってきた。そして、そのチャンスを生かしてチームに貢献、今ではしっかりローテーション入りして毎試合15～25分のプレータイムを得ている。<br />
　そういえば、そのクリスマスの試合前に話したときに、「今はただ、自分の番を待っている。今の自分にはそれしかできないからね。でも心配はしていない。その時が来ればできる。そのための準備はできている」と言っていたのだけれど、本当にその通りだった。</p>]]></description>
<link>http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/2010/02/post_108.php</link>
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<category>010 NBA</category>
<pubDate>Fri, 05 Feb 2010 14:48:44 +0900</pubDate>
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<title>ランクイン</title>
<description><![CDATA[<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090532s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090532s.php','popup','width=400,height=311,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090532s-thumb.jpg" width="200" height="155" /></a></p>

<p>　結局、76 Classic決勝戦でポートランド・パイロッツはウェストバージニアに66－84で敗れ、大会優勝はならず。<br />
　それでも、強豪揃いのこの大会で自分たちの試合をできたということ、その結果準優勝になったことはとてもいい経験になったようだ。<br />
　決勝後の記者会見でエリック・レベノHCが言っていた言葉がよかった。<br />
「我々にとって、すばらしいウィークエンドだった。それは結果を元に言っているのではなく、この間に自分たちについて学んだこと、得たことからそう思う。このチームはユニークないいチームだけれど、（シーズンが終わるまでに）特別なチームにしたい」</p>

<p>　大会翌日、11/30に発表になったAPランキングでパイロッツは25位にランクイン、<del>チーム史上初めて</del>1958－59シーズン以来51シーズンぶりにトップ25入りを果たした。<br />
　その夜に伊藤大司選手に電話で話を聞いたのだが、選手たちは初のランクインに浮かれているわけもなく、あくまで目標はWCC（ウェスト・コースト・カンファレンス）トーナメントで優勝してNCAAトーナメントに出ること、という姿勢なのだという。そんなところ、レベノHCの考えが浸透しているチームだなぁと思う。４年生が多いだけに考え方がしっかりしているのかもしれない。</p>

<p>　ところで、上の写真。ウェストバージニア戦が終わった後の両チーム挨拶の一場面。ウェストバージニアのHC、ボブ・ハギンズが、伊藤選手のところで立ち止まり、何やら話しかけていた。何なのかと思って、あとから伊藤選手に聞いたところ、「モントロス・クリスチャン高校の練習を見に行ったときに、君がいたのを覚えているよ」と言われたのだとか。</p>]]></description>
<link>http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/2009/12/post_107.php</link>
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<category>030 Japanese players in USA</category>
<pubDate>Wed, 02 Dec 2009 09:27:47 +0900</pubDate>
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<title>シンデレラ？</title>
<description><![CDATA[<p>　本題の前に。速報や、ブログで書くほどではないちょっとした情報を、<a href="http://twitter.com/yokomiyaji">twitter</a>で発信しています。</p>

<center>* * *</center>

<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280819s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280819s.php','popup','width=400,height=329,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280819s-thumb.jpg" width="200" height="164" /></a></p>

<p> 　伊藤大司選手が所属するポートランド大が、11/26からアナハイムで行われているホリデー・トーナメントのひとつ、"76 Classic"でメジャー・カンファレンスのチームや全米25にランク入りしているチーム相手に連勝し、NCAAファンや関係者から注目を集めている。何しろ、１回戦では今季の戦力はダウンしているとは言うものの、準地元の名門UCLAに74－47の圧勝（メディアの中からは「"massacre"（虐殺）だ」との声もあったほど圧倒していた）、２回戦（準決勝）ではESPN/USA Todayランキングで18位、APランキングで22位のミネソタ大相手に試合開始から終始リードを取り、61－56の勝利をあげたのだ。大会前週に PAC10のオレゴン大にも勝利していて、これでシーズン開幕から５連勝。全米的にはあまり知られていない無名のポートランド大の金星に、早くも「シンデレラチーム」と評する声も出ている（個人的には、シーズン序盤のこの時期に「シンデレラ」の称号は早すぎると思うのだけれど）。</p>

<p>　面白いのは、まわりのそんな盛り上がりに対して、ポートランド・パイロッツの選手たちが思ったほど浮かれていないこと。もちろん、試合に勝ったことには喜んでいるけれど、その一方で、「勝って当然」と言うような静かな自信が感じられるのだ。決して傲慢なのではなく、ただ単に自分たちのチーム、自分たちのプレー、自分たちがやってきた練習に自信を持っている、という感じ。</p>

<p>　ミネソタ大に勝った後の記者会見でこんな場面があった。ミネソタ大に勝ったことで、月曜に発表する最新版ランキングで全米トップ25入りする可能性が高いことについて聞かれたロビン・スメルダース(#12)、表情を変えることもなく、「それだけのことをしてきたから（ランク入りしても）驚かない」と言ったのだ。これには隣に座っていたTJ・キャンベル(#44)も思わず苦笑していた。でも、これが今のパイロッツの選手たちの本音でもある。その話を伊藤選手にしたところ、彼も笑っていたけれど、でも、それが今のチームのメンタリティだとも言っていた。ランク入りの強豪相手でも勝てるだけの練習をしてきたという自負があるのだ。テレビ放映で映していた試合前のロッカールーム風景でも、エリック・レベノHCが、「きのうのUCLA戦の勝利も君たちは自分たちの力で勝ち取った。きょうの試合も、この先のシーズンも自分たちで勝ち取るんだ」とスピーチしていた。</p>

<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090350s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090350s.php','popup','width=400,height=267,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090350s-thumb.jpg" width="200" height="133" /></a></p>

<p>＃ちなみにレベノHCはかつてJBLの日本鉱業でもプレーしていたことがある。彼がポートランド大のHCになって今季が４年目。低迷していたチームを４年でこれだけのチームに作り変えた彼の手腕はすばらしい。これだけの結果を出していると、近いうちに強豪校に引き抜かれるんじゃないかな（伊藤選手が卒業する前でなくてよかった）。レベノコーチがチーム作りの哲学などを語っている<a href="http://coachtoon.com/7-minute-culture-clinic-eric-reveno.html">映像</a>がありましたので、参考まで。</p>

<p>　試合を見ていても、４年生中心の経験豊かなチームらしく、とにかく慌てない。ミネソタ・ゴーファーズ戦では後半が始まってすぐと、試合終了間際に相手に流れがいったと思ったときがあったけれど、どちらのときも自滅することなく、きっちりと入れ返して流れを抑え、呼び戻していた。ベテランのチームだけに、色々なことに対応できるようで、試合中、それまで一度もやったことがないプレーをタイムアウト中の指示だけでこなしたり、それほど練習していなかったというゾーンディフェンスを効果的に使ったり。こういうところで４年間の継続性というのが出てくるんだなぁというのを実感。４シーズン前の、全然勝てないチームから見ていただけに、こんな試合を見ることができたのは感無量。</p>

<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090328s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090328s.php','popup','width=400,height=299,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090328s-thumb.jpg" width="200" height="149" /></a></p>

<p>　さて、そんな中でこの２試合、伊藤選手がどんなプレーをしていたのか気になる人も多いですよね。控えポイントガードとしての出場で、 UCLA戦は12分出場、アシストとファウルが１つずつ。ミネソタ戦も12分出場でファウル１つ。スタッツに残るプレーはほとんどしていないのだけれど、スランプだった昨シーズンに比べるとずっといいプレーをしてチームに貢献していた。スタッツで０が並ぶということはターンオーバーも０ということで、これは控えのPGとしては重要。伊藤選手がボールを持っていると見ていても安心できます。３年連続でチームメイトの投票でキャプテンに選ばれているように、チームメイトからの信頼は厚く、リーダーシップは抜群。大学最後のシーズン、NCAAトーナメント出場という目標を達成できるように、彼らしいプレーで悔いのないシーズンを送ってほしい、と思う。　</p>

<p>　76 Classicも明日が最終日。決勝の相手は、ESPN/USA TodayとAPのどちらでも８位にランクインしているウェストバージニア。アメリカでは19時(PST)からESPN2で放映されます。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/2009/11/post_106.php</link>
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<category>035 NCAA</category>
<pubDate>Sun, 29 Nov 2009 16:07:52 +0900</pubDate>
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<title>プライドとホンネ</title>
<description><![CDATA[<p>　金、土は、グリズリーズ＠レイカーズ、グリズリーズ＠クリッパーズの連戦の取材でステープルズセンターへ。<br />
　金曜の試合前と試合後には故障から復帰し、ようやくグリズリーズのユニフォームでのデビューを果たしたばかりのアレン・アイバーソンを取材した。相変わらず本音満載で、不満もストレートに語っていたのだけれど、その一方で、アイバーソン自身、自分のプレータイムや先発かどうかという話ばかりでうんざり、話すならもっとチームについて話したいとも言っていた。アイバーソンのチーム内での立場や役割がもう少しはっきり見えてきたら、そういった話もできるのかなと思っていた。<br />
　ところが、土曜の試合に行ってみると、グリズリーズのロッカールームにもベンチにもアイバーソンの姿はなし。グリズリーズによると、個人的な理由でチームから許可を得て、一時、アトランタにある自宅に戻ったらしい。グリズリーズのオーナーによると、プレイタイムや先発問題での不満とは関係なく、本当に個人的な問題があってのことだというのだけれど、前日のロッカールームでメディアに囲まれて本音をぶちまけ、それがニュースとなった直後だけに、その説明に懐疑的な声もある。そして、グリズリーズでのキャリアはこれで終わりなのではないかと言う人すらいる。<br />
（私的な推測では、おそらく、何か個人的な問題を抱えているというのは嘘ではないと思う。チームの状況や自分の立場がいろいろな面でもっと良好なら、多少無理してもチームに残っていたのかもしれないけれど、今はむしろ残る理由が見つけられなかったのかも）</p>

<p>　金曜日、グリズリーズのロッカールームで、アイバーソンの言葉を聞きながら、つくづく、この人は本音で語るしかできない人なのだなぁと思っていた。もっと本音を隠したり、オブラートで包んで語ればものごとは潤滑に進むのだろうけれど、プライドがあるからこそ、それができない。誰だって心の中に持っているような不満を、全部ストレートに外に出してしまうのだ。<br />
　自分の能力を発揮できるような場、状況でやりたいという気持ちは、おそらく、他の選手でも、そしてまったく別の世界で生きている人でも、多かれ少なかれ持っている感情なのではないかと思う。アイバーソンと同じように、それができないぐらいならやめたいと思う人も多いのではないだろうか。多くの人は衝突しないように言葉を飲み込み、やめる勇気もなく我慢して続ける道を選ぶのだけれど、アイバーソンはそうではない。<br />
　そのやり方は大人ではないという人もいるかもしれない。バスケを続けたいなら、少しぐらい我慢するべきという人もいるかもしれない。でも、そうやって常に本音でぶつかるのがアイバーソンの生き様でもあり、多くの人をひきつける魅力でもあるのだ。<br />
　そして、注目される存在だけに、その本音は常に大ニュースとなり、アイバーソン自身の道を狭めてしまう。シーズン前に<a href="http://number.bunshun.jp/other/nba/column/view/4177/" TARGET="_blank">ナンバーのコラム</a>でも書いたように、あれほどの才能がありながら、結局、グリズリーズしか選択肢がなかったのだ。そして、そのグリズリーズでさえ、今、彼の居場所がなくなりつつある。</p>

<p>　決してほめられたやり方ではないし、不器用だとも思うけれど、一方で、そんなアイバーソンのことを簡単に批判はできない、したくないと思う自分もいる。</p>]]></description>
<link>http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/2009/11/post_105.php</link>
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<category>010 NBA</category>
<pubDate>Mon, 09 Nov 2009 03:55:32 +0900</pubDate>
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<title>リング・セレモニー</title>
<description><![CDATA[<p>　NBA開幕。…って、もう１週間以上過ぎてしまったので今さらの話だけれど、これだけは書いておかなくては。</p>

<p>　10/27、レイカーズの開幕戦の日、レイカーズの元アシスタントコーチでトライアングル・オフェンスの生みの親、テックス・ウィンターが久しぶりにLAに戻ってきた。<br />
　去年４月に心臓発作で転倒。その後、健康は回復したものの、言語障害で言葉が出てこない状態が続くなど後遺症があり、オレゴンの自宅でリハビリの日々だと聞いていた。それだけに、開幕戦のリングセレモニーで優勝指輪を受け取るために来ると聞いて、もしかしたら車椅子での登場なのだろうか、とか、話はできるのだろうか、と少し心配だった。<br />
　開幕戦前、取材のためにレイカーズのロッカールームにいたところにテックスが登場。思っていた以上に顔色もよく、息子さんがついてきていたけれど、特に支えられないと歩けないというわけでもなく、しっかりとした足取りで自分で歩いていた姿にほっとした。言葉も障害があったとは思えないぐらい回復していて、短い挨拶ながら、しっかりと言葉を交わすことができた。</p>

<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280746s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280746s.php','popup','width=500,height=357,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280746s-thumb.jpg" width="200" height="142" /></a></p>

<p> 　試合前のリング・セレモニーではテックスの名前が呼ばれず、どうしたのかと思っていたところ、３Qと４Qの間のインターバルのときに左右２人ずつのレイカーガールにエスコートされてコートに登場して、単独でリングセレモニー。テックスの足下を考えてのエスコートだったのだろうけれど、そんなことは感じさせないようなエレガントなやり方でお見事。<br />
　デビッド・スターンから指輪の箱を受け取り記念撮影するだけの簡単なものだったけれど、スタンドのファンだけでなく、レイカーズのベンチからコーチ陣や選手たちも見守り、拍手を送り、みんなテックスが元気になったことを喜んでいるのが伝わって、短いながらも心温まるセレモニーとなった。<br />
　あとから聞いた話では、本当は試合前に他のコーチや選手たちと同じときに指輪を受け取るはずだったのが、どの順番にテックスをもってくるのか、最初がいいか最後がいいかと動かしているうちに漏れてしまったらしい。そこで、急きょ、３Qの後にテックスだけ単独で持ってきたのだとか。怪我の功名で心に残るセレモニーとなった。</p>

<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280718s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280718s.php','popup','width=600,height=282,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280718s-thumb.jpg" width="400" height="188" /></a></p>

<p>　試合前のセレモニーも、レイカーズらしいセレモニーだった。チームがLAに移って、今回が10回目の優勝ということで、過去９回の優勝チームのメンバーからそれぞれ１人ずつ、元選手が代表して登場。現チームのコーチや選手たちは指輪を受け取った後に、この９人のレジェンドたちと握手を交わしていた。<br />
　ちなみに、登場した９人は、ジェリー・ウェスト（1972年）、ノーム・ニクソン（1980年）、ジャマール・ウィルクス（1982年）、ジェイムス・ウォージー（1985年）、マイケル・クーパー（1987年）、マジック・ジョンソン（1988年）、ＡＣ・グリーン（2000年）、リック・フォックス（2001年）、ロバート・オーリー（2002年）。カリームはレイカーズのアシスタントコーチとして、昨シーズンの優勝指輪を受け取ったので、レジェンド側には入らず。</p>

<p>　試合後、ロッカールームで何人かの選手に指輪を見せてもらったのだけれど、指輪はもちろんのこと、指輪が入った箱もすごかった。ふたを開くとふたの裏側についたライトが自動的に点灯して指輪を照らし、指輪が乗った台が回転するのだ。<br />
　指輪にも色々と工夫がされていて、まわりを囲む大きなダイヤはレイカーズ15回目の優勝ということで15個で、台も、ふつうアメリカで使われる14金ではなく15金。さらに横から見た形はホームコートのステープルズセンターの外観を模している。</p>

<p><a href="http://www.nba.com/lakers/news/09championshipring.html">指輪の詳細＆写真</a></p>]]></description>
<link>http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/2009/11/post_104.php</link>
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<category>010 NBA</category>
<pubDate>Thu, 05 Nov 2009 17:48:44 +0900</pubDate>
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<title>一歩ずつ</title>
<description><![CDATA[<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280670s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280670s.php','popup','width=320,height=400,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280670s-thumb.jpg" width="130" height="162" /></a></p>

<p>　10/20のマカビ・エレクトラ・テルアビブ＠LAクリッパーズの試合後、ドロン・パーキンズに話を聞いた。2006年７月、ロングビーチで行われたサマーリーグのときに話を聞いて以来、３年ぶり、２回目だ。「サマーリーグのときに取材させてもらった…」と言うと、すぐに、「あぁ、あのときの」と思い出してくれた。</p>

<p>　2005－06シーズンにJBLのトヨタ・アルバルクでプレーしたパーキンズは、そのシーズンのアルバルク優勝に大きく貢献、リーグMVPに選ばれた。日本にいたのは１シーズンだけだったとは言うものの、その短い間に日本のファンに強い印象を残した、と聞いている（私自身はトヨタでのドロンを取材したことはないので、人から聞いた評価です）。<br />
　そしてドロンにとってもまた、次の舞台に進むための大事なシーズンとなった。JBLで圧倒的な活躍を見せたので忘れがちだけれど、日本に来たときのドロンは大学（サンタクララ大）を出たばかり、つまりプロ１年目のシーズンだったのだ。</p>

<p>「プロになって最初の年に日本でスタートを切れたことは僕にとってすばらしい状況だった。あれから４年たって、１年目というのがどれだけ大変なのかがわかってきたけれど、日本では他ではないぐらい面倒を見てもらったのでやりやすかった。あのシーズンがあったから、今の成功もあるのだと思う」</p>

<p>　トヨタを離れたその夏にLAレイカーズの一員としてサマーリーグに出場するも、NBAロスター入りはならず、2006-07シーズンはドイツの EWEバスケッツ・オルデンバーグ、翌2007-08シーズンはベルギーのユーフォニー・ブリー、そして2008－09シーズンはイスラエルのマカビ・ハイファ・ヒートと、毎年チームを移り渡ってプレーしてきた。JBLでのMVPに続き、ベルギーでも、イスラエルでもMVPを取っているのだから、クビになったのではなく、自分で少しでもキャリアアップし、さらに活躍できる場を求めた結果の渡り鳥だったのだろう。今シーズンはイスラエル国内で移籍、ユーロリーグにも参戦していて、ヨーロッパのトップチームのひとつ、マカビ・エレクトラ・テルアビブに移った。</p>

<p>「baby step（小さな一歩）だけれど、少しずつ前に進んでいる。僕はこれまでずっと戦ってきたんだ。アラスカの小さい高校からジュニアカレッジに行き、そこから小さい大学（WCCのサンタクララ大。スティーブ・ナッシュの後輩）に行った。小さいステップだけど、少しずつ前に進んでいる。楽しんでやれているし、恵まれていると思う。今シーズンは初めてユーロリーグでプレーできるので、それが楽しみ」</p>

<p>　クリッパーズ戦では、33分30秒出場し、16点（FG 6/11, FT 4/6)、10アシスト、12リバウンド、５スティールと大活躍。<br />
「バロン・デイビスを相手にプレーできるなんて、滅多にできることじゃないから、それが一番嬉しかった」とのこと。</p>

<p>　NBAの人たちに、自分もこのレベルでプレーできることを証明したいという気持ちもあったのかと聞くと、「３年ぐらい前の若いときだったらそう考えたかもしれないけれど、今はもう、そうは考えなくなった」ときっぱり否定。NBAに入りたいというよりは、少しでも自分にとっていい環境で、力を発揮できるチーム、リーグでプレーしたいとの気持ちが強いようだ。<br />
「（NBA入りは）いいタイミングで、いい状況で実現するなら入りたいとは思うけれど、今はこの状況に満足している。海外のトップチームの一つでプレーできるのだから、NBA以外で考えればこれ以上の状況はない。いい環境だし楽しい。控えから出てきて、チームにエネルギーを与えるという、とてもやりがいがある役割を与えられている。<br />
　もちろん自分を証明したいし、何ができるかを見せたいという気持ちはあるし、NBAに入れたらすばらしいと思うけれど、NBAだったら最初からまた証明しなくてはいけないし、それがいい状況になるかどうかはわからないからね」</p>

<p>　ちなみに、アルバルク時代のチームメイトのうち、チャールズ・オバノンや高橋マイケルとは今もまだ時々連絡を取っていて、いっしょにNBAのファンタジー・バスケットボールをやっているらしい。トヨタ時代からやっていて、その時は２度優勝したものの、昨シーズンはインターネットにあまり繋がなかったこともあって、成績も悪く、誰が優勝したのかすら知らないのだとか。<br />
「でも、今年はまた復活する。優勝するよ」</p>

<p>　５分ほど、そんな話を聞いて、「じゃ、またそのうち、どこかで」と言って別れた。次に会うのは、どこの街、どのリーグ、どの会場になるだろうか。</p>]]></description>
<link>http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/2009/10/post_103.php</link>
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<category>065 ヨーロッパのバスケ</category>
<pubDate>Sat, 24 Oct 2009 15:03:11 +0900</pubDate>
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<title>マカビ・テルアビブ＠LAクリッパーズ</title>
<description><![CDATA[<p>　きのう（10/20）のクリッパーズのプレシーズン試合対戦相手は、イスラエルのマカビ・エレクトラ・テルアビブ。この数年は、こうやってユーロリーグのチームが10月にアメリカに来てNBAチームとプレシーズン試合を戦うことも珍しくなくなってきた（今回、マカビは10/16にアメリカに来て、 10/18に＠ニックス、10/20に＠クリッパーズという日程だった）。</p>

<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1000380s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1000380s.php','popup','width=500,height=353,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1000380s-thumb.jpg" width="250" height="176" /></a></p>

<p>　それにしても、クリッパーズの本拠地、ステイプルズ・センターでの開催なのに、圧倒的にマカビのファンのほうが多いという不思議な試合だった。イスラエルの孤児院のためのチャリティゲームで、何でもクリッパーズのシーズンチケット・ホルダーのチケット・パッケージの中には入っていなかったらしい。マカビ・カラーの黄色を身に着けている人が圧倒的に多く、クリッパーズの名物ファン、クリッパー・ダレルがいつもの声援を始めても誰もあとに続かず、それどころかブーイングする人までいたほど。ニューヨークではLA以上にマカビ・ファンが多かったらしいというから、あらためてユダヤ人人口の多さと結束力の強さに驚かされた。</p>

<p>　マカビは13人中アメリカ人選手が５人、イスラエル人選手が６人、ポーランド人選手とアフリカのガボン共和国の選手が各１人ずつというチーム構成（しかも、ガボンのステファン・ラズメとイスラエル国籍のうち３人はアメリカの大学出身と、アメリカに縁が深い選手ばかり）。NBA相手の試合は国籍制限があるわけではないので、先発はアメリカ人４人＋ポーランド人（元サンズ→ホーネッツ→ロケッツのマチェイ・ランペ）という、イスラエル人選手が一人も入らないラインナップだった。</p>

<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280664s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280664s.php','popup','width=250,height=207,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280664s-thumb.jpg" width="150" height="124" /></a></p>

<p> 　アメリカ人選手５人のうちの一人が、今シーズンからマカビ・テルアビブに入ったドロン・パーキンズ。３年前、NBAのサマーリーグで田臥選手とマッチアップしたときに<a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/2006/07/spl7_d_vs.php">ブログ</a>でも取り上げたことがあるけれど、４年前にトヨタ・アルバルクでプレーしてJBLのMVPを取ったガード。JBLのあと、ドイツ、ベルギー、イスラエルとチームを渡り歩き、ベルギーと昨季のイスラエル（マカビ・ハイファ・ヒートという別チームに所属）でもMVPを取っている。これまではユーロリーグに入っていないチームばかりだったので、ユーロリーグで戦うのは今シーズンが初めて。行く先々で結果を出し、順調にステップアップしているようだ。</p>

<p>　クリッパーズ戦でのパーキンズは、先発ではなかったものの、１Ｑ半ばに出てきてすぐにジャンプシュートを決めたり、クリス・ケイマンのパスをスティールして速攻で得点を決めるなど、積極的なプレーでチームのリズムを作り出していた。後半にはテルフェアをドリブルで抜いてレイアップを決めたり、バロン・デイビスからチャージングを取ったり。終わってみたら16点・10アシスト・12リバウンド（トリプルダブル！）の活躍。試合は108－96でクリッパーズが勝ったけれど、十分に存在感を示していた。</p>

<p>　試合後にパーキンズにいろいろ話を聞いたので、明日にでもアップします。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/2009/10/la.php</link>
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<category>065 ヨーロッパのバスケ</category>
<pubDate>Thu, 22 Oct 2009 17:53:41 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>十年一昔</title>
<description><![CDATA[<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280627s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280627s.php','popup','width=500,height=375,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280627s-thumb.jpg" width="200" height="150" /></a>　<a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280632s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280632s.php','popup','width=500,height=375,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1280632s-thumb.jpg" width="200" height="150" /></a></p>

<p>　きのう (10/9)のレイカーズのプレシーズン試合は、レイカーズが10年前まで（正確には98－99シーズンまで）ホームコートにしていたフォーラムで行われた。私は当時、まだLAには住んでいなかったけれど、遠征試合の取材で何度か訪れた懐かしいアリーナ。「最後に取材に行ったのはいつだったかな (97－98シーズンのブルズ＠レイカーズ？<FONT COLOR="#663300">※</FONT>）」とか、「最後のジョーダン対マジックの対戦（95－96シーズン）は試合後の記者会見が印象的だったな」などと、ノスタルジックな気分で行ったのだけど、その気持ちはみんな同じだったようで、あちこちから「そういえばあの時は～」なんていう話が聞こえてきたり、試合前も試合中も試合後も、あちこちでファンがコートを背に記念撮影していたり。</p>

<p>　懐かしい気分になる一方で、10年もたつと思っていた以上に色々なことが変わるということも実感。メディアのワークルームは、今では考えられないほど狭いし、現代のＮＢＡアリーナではなくてはならないものになったVIPボックス席もない。そういえば、以前はどこも、こんな感じのアリーナだったなぁ、シカゴ・スタジアムもこんな雰囲気、こんな匂いがする場所だったっけと、忘れていたことを思い出した。NBAのアリーナの中で今でもその雰囲気が残っているのはNYのマディソン・スクエアガーデンぐらいかな。</p>

<p>　フォーラムの会場内はぱっと目にはあまり変化がないように見えたけれど（フロアやゴールはこのために搬入）、よく見るとセンターボードはすでに撤去されていて、この試合のために大スクリーンを両エンドライン側の天井からぶるさげなくてはいけなかったりと、年月の流れを感じさせた。レイカーズの現メンバーの中では、フォーラム時代からレイカーズにいたのはコービーとフィッシャーの２人だけ。２人は当時使っていたロッカーを今回も使っていた。ロン・アーテストは「ルーキーのシーズンに一回だけここで試合をした」と言っていたけれど、それより若い選手はフォーラムで試合をするのも初体験なのだ。</p>

<p>　ちなみに、今、フォーラムは教会が所有していて、少し前までは日曜の礼拝をここで開いていたらしい。その話をしていたら、顔見知りの記者の一人が、「昔も、ここでは宗教の集いが行われていたようなものだったけれどね」と。確かに。</p>

<p><FONT COLOR="#663300">※思い出した。最後にフォーラムに行ったのは2000年12月26日、マイナーリーグ、ABA2000の開幕戦のときだった。当時、サンディエト・ワイルドファイアに長谷川誠選手が所属していて、その取材に行ったのだ。そして、NBAの試合で最後にフォーラムに行ったのは1999年10月、レイカーズが最後にフォーラムで戦ったプレシーズン試合のとき。サンズに移ったばかりのペニー・ハーダウェイにロッカールームで取材したのを思い出した。</FONT></p>]]></description>
<link>http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/2009/10/post_102.php</link>
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<category>010 NBA</category>
<pubDate>Sun, 11 Oct 2009 13:27:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>シーズンイン</title>
<description><![CDATA[<p>　すでに１ヶ月も前のことになってしまったけれど、９月、バスケットボール殿堂式典の取材の後に、少しだけ足を伸ばして、スラムダンク奨学生の早川ジミー＆谷口大智の２人が留学しているサウスケントまで行ってきた。今月24日発売の月刊バスケットボール12月号にもレポート記事を書いたので、ここでは記事に書ききれなかった話をいくつか紹介。</p>

<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1080903s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1080903s.php','popup','width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1080903s-thumb.jpg" width="180" height="135" /></a>　<a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090063s1.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090063s1.php','popup','width=500,height=375,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090063s-thumb.jpg" width="180" height="135" /></a>　<a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090028s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090028s.php','popup','width=400,height=315,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090028s-thumb.jpg" width="171" height="135" /></a></p>

<p>■早川＆谷口の２人と日本語で話していたら、チームメイトの一人が早川選手に「ジミー、君はいったいどこの出身？　ブラックじゃないのか？」と聞いてきた。お父さんがアメリカ人の早川選手、確かにブラックの血が流れているのだからそう言われても不思議ないのだけれど、これは見かけだけの話ではないのだ。何しろ彼、いつの間にか流暢な、発音もネイティブかと思うような英語を話すようになっていたのだ。これにはびっくり。何しろ去年４月、トライアウトでサウスケントに行ったときには英語はほとんど喋れなくて、お父さん（日本語ペラペラ）ともいつも日本語で話していたのだとか。留学が決まり、高校バスケを引退した後に勉強したり、映画を見たり、英語を話す友人と積極的に交流したらしい。「昔からお父さんが話す英語はわかった」とも言っていたので、脳の後ろのほうに眠っていた英語が、勉強したことで呼び起こされたのかも。</p>

<p>■取材２日目は日曜だったので練習は休み。学校から車で30分ぐらいのところにあるスーパーとショッピングモールに行った。何しろ、サウスケントは車がないと買い物すらいけないような場所にあるので、必要なものはだいたいこのモールとスーパーで買出し。たまの気分転換でもあるようで、前日にはコーチから「羽を伸ばしたいのはわかるけれど、チームの一員である自覚を持って行動するように」なんていう警告もされていた。もちろん、彼らはまだアメリカの運転免許も車も持っていないから、いつもは学校が定期的に出してくれる大型バスに乗って行くのだとか。モールでは、シューズやスポーツウェアをだいぶチェックしていた。特に身長２ｍ近い谷口選手は、日本ではなかなかサイズが合うものを買えないので、こうやってふつうにサイズが合うものが売っているのが嬉しい、とのこと。そう言いつつ、結局、この日はモールでは何も買わず。</p>

<p>■モールに行く道中に聞いてびっくりした話。早川選手、３年のインターハイ前の九州大会で膝を故障、なんと前十字帯が切れていたのだとか。ふつうなら手術して、復帰するまで１年近くリハビリをしなくてはいけないぐらいの怪我なのに、すぐに普通に歩けるようになったこともあり、トレイナーや医者に診てもらって相談した結果、手術もせずにリハビリ。結局、１ヶ月後のインターハイの初戦直前にチーム練習に復帰し、インターハイは普通に戦ったのだという。早川選手いわく、「稀に手術しなくても、前十字帯がなくても大丈夫な人がいるらしいで、僕もそうみたいです」だとか。実際、今もそのまま手術はしていないけれど、問題なく人並み以上に動けて跳んでいて、まったく影響は感じられない。</p>

<p>■ピックアップゲームでは２人が入ったチームは全勝。勝ち残りだったので、ずっとプレーしていた。２人ともハッスルプレーやリバウンド、シュートなどで勝利に貢献していて、コートサイドで見ていたコーチも２人のプレーには嬉しそう。<br />
　後からそんな話をしていたら、早川選手、「でも、あれは日本だったら全部ファウルにとられてましたよね」とのこと。日本でプレーしていたときには、すぐにファウルを吹かれてしまうので、思い切りプレーできずにいたのだという。そういう意味では、身体を張ったプレーを思い切りできるアメリカは彼には向いているのかも。</p>

<p>■おみやげに月刊バスケットボール10月号を持っていったら、谷口選手が大喜び。というのも、そのインターハイ特集号には妹さん（大阪薫英の谷口菜生）が載っていたのだ。</p>

<p>■その谷口選手、小学生の頃から191cmあったため、昔はだいぶあちこちのメディアに取り上げられて、テレビ取材などもされていた。そのときの話になったら、「短パン履いてランドセルしょって、黄色い帽子をかぶって『行ってきます』って出て行くところがテレビで流れていて、今、あれを見るとちょっと恥ずかしいですね」と笑っていた。当時からまわりとは一回り以上サイズが違ったわけで（自分でも「あれは反則っすよね」とも）、その頃からお父さんとアメリカに行くことを話していたのだという。さすがに小学生の頃はその勇気は出なかったけれど、その後も「背が高いから勝てる」と言われるのが嫌で、同じような身長の選手と戦うことができる場としてアメリカでやってみたいという気持ちはずっと持っていたのが、今回の留学に踏み切った一つの理由らしい。</p>

<p>■谷口選手は、バスケ以外のことではどちらかというとノンビリ屋？　勉強は「苦手」だそうで、「バスケほど熱く語れない」とも言っていた。でも、アメリカでバスケを続けるためにはそうも言っていられない。そんな彼を早川選手が「勉強しないとヤバイよ、ダイチ」とハッパかけていて、この２人、なかなかいいコンビ。励ましを受けて谷口選手も、「（勉強も頑張るというのを）口だけにしないように、ここで言って、それを書いてもらえれば」と言っていた。なので、励ましの意味もこめてここに書いてみた（笑）。</p>

<center>* *</center>

<p>　最後に、下の写真はもしかしたら本邦初公開かな？　去年４月のトライアウトのときの写真で、当時、留学したばかりだった並里選手もいっしょに写ってます。この時点では、まだ谷口、早川のどちらか一人だけになる予定だったのだけれど、２人ともいいプレーを見せてコーチに評価されたこともあり、２人揃って合格ということになったのでした。</p>

<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1250885s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1250885s.php','popup','width=400,height=271,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1250885s-thumb.jpg" width="200" height="135" /></a>　<a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1250866s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1250866s.php','popup','width=353,height=400,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1250866s-thumb.jpg" width="150" height="169" /></a></p>

<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1250691s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1250691s.php','popup','width=400,height=298,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1250691s-thumb.jpg" width="181" height="135" /></a>　<a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1250688s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1250688s.php','popup','width=400,height=300,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1250688s-thumb.jpg" width="180" height="135" /></a><br />
</p>]]></description>
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<category>030 Japanese players in USA</category>
<pubDate>Sat, 10 Oct 2009 07:30:51 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>NBAキャンプイン</title>
<description><![CDATA[<p>　きのうがクリッパーズ、きょうがレイカーズのメディアデー（トレーニングキャンプを始める前に、メディアの取材を受け、シーズン用の写真撮影をする日）。そして、いよいよきょう、29日から全NBAチームがキャンプインです。←国外でプレシーズン試合をするチームは数日早くキャンプインしていました。</p>

<p>　メディアデーから写真を１枚ずつ。</p>

<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090085s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090085s.php','popup','width=324,height=400,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090085s-thumb.jpg" width="162" height="200" /></a>　<a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090124s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090124s.php','popup','width=286,height=400,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1090124s-thumb.jpg" width="143" height="200" /></a></p>

<p>（左）クリッパーズのブレイク・グリフィンが、チャリティー用グッズにサイン中。腰が入ってます（笑）。取材では、ウィットに富んだ受け答えとさわやか笑顔、そして愛想のよさで、なかなか好印象。<br />
（右）レイカーズのほうには、ドジャーズ（MLB)の撮影隊が来ていて、ドジャーズのプレイオフ試合中にドジャースタジアムで流すためのビデオクリップを撮影。これ、誰だかわかりますか？　デレック・フィッシャーがマニー・ラミレスのドレッドかつらをかぶっているところ。フィッシャーのほか、アーテストやバイナムらも同じかつらをかぶってました。コービーは、どうやらかつらはかぶりたくなかったようで、かわりにバットを手にして撮影。</p>]]></description>
<link>http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/2009/09/nba_4.php</link>
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<category>010 NBA</category>
<pubDate>Wed, 30 Sep 2009 11:22:57 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>Hall of Fame (2)</title>
<description><![CDATA[<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1080822s4.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1080822s4.php','popup','width=500,height=375,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1080822s-thumb.jpg" width="225" height="168" /></a>　<a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1080894s1.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1080894s1.php','popup','width=500,height=375,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1080894s-thumb.jpg" width="225" height="168" /></a></p>

<p>　一日が終わった。後で何本か原稿にまとめる予定なので、ここでは簡単に感想だけ。</p>

<p>・きょう一番意外だったこと＝ジョン・ストックトンのスピーチがとても面白かったこと。要所で笑わせるエピソードも入っていて、お見事。メディアの間で「インタビューが退屈」と言われていて、しかも自分のことを話すのが大の苦手な彼とは思えなかった。</p>

<p>・二番目に意外だったこと＝ジョーダンが、自分のハイライトフィルムと会場のスタンディングオベーションに涙し、スピーチを始める前に何度も涙を拭っていたこと。最初の優勝や４度目の優勝の後など、人前で泣いたことがないわけではないけれど、記者会見のような場ではいつも涙をこばさないように我慢する人だったので。</p>

<p>・やっぱりジョーダンの競争心は誰よりもすごい。殿堂であれほど多くの人を叩く（？）スピーチも珍しいのだけれど、あぁ、そういえばそれがジョーダンであり、ジョーダンの強さの源だったなぁとあらためて思い出した。さらに、言葉にするとキツイことでも、他の人が同じことを言ったらまわりが引くようなことでも、ジョーダンが口にすると、それもひっくるめて魅かれるんだなぁと、それもまた思い出した。終わった後でみんな言っていたのだけれど、やはりジョーダンはジョーダンであり、one of the kind、他にかわりはいない。</p>

<p>・ジェリー・スローンがエヴァンズビル大のHCをやめた後の、エヴァンズビル大バスケットボール・チームの飛行機事故について触れていた。彼が公の場で、あの事故に触れるのを聞くのは初めて。</p>

<p>・当たり前のことだけど、みんな子供たちが大きくなっているなぁ～。ロビンソン、ストックトン、ジョーダンが、スピーチを使って子供たちにメッセージを伝えていたのが印象的。</p>

<p>・ロビンソンのスピーチの最後、神に感謝したくだりは、内容だけでなく言葉の抑揚がまるで牧師/神父のお話を教会で聞いている気分だった。彼は現役時代と見た目がほとんど変わらない。</p>

<p>・今年殿堂入りした人たち同士、Life Time Acheivementを受賞したジョニー・カーも含めて、いろんなところでいろんな繋がりがあって、彼らが同じ年に殿堂入りするのは運命のようなものを感じる。今回の受賞の中でひとり忘れられがちなストリンガー・コーチ（この週末で彼女の魅力にやられました）も、実はジョーダンとはかなり前からの知り合い。ジョーダンの亡父とストリンガーさんは最初からウマがあったというのはわかる気がする。</p>

<p><strong>【9/16 追記】</strong><br />
・記事をひとつ書くほどではないので、ここに追記で書いてしまうけれど、ジョーダンのハイライト映像でもスピーチでも、見事なまでにウィザーズ時代がなかったことになってた。週末の間中を通して、ウィザーズのウの字も出てこなかったと思う。ジョーダンは、自分のブランド力をよくわかっているので、最後に裏切られた（とジョーダンは感じている）ウィザーズを、自分の殿堂入りキャリアと関係させることが許せなかったのだろう（スピーチでもわかるように、かなり根にもつ人です）。そう考えると、スピーチで槍玉にあげられた人たちは、敵なら敵なりに、まだ認めている相手ということなのかも。</p>]]></description>
<link>http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/2009/09/hall_of_fame_2.php</link>
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<category>010 NBA</category>
<pubDate>Sat, 12 Sep 2009 14:46:24 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>Hall of Fame</title>
<description><![CDATA[<p>　久しぶりの更新になってしまった。掲示板のほうに書いたように、８月後半は日本に一時帰国。バスケ的にはリンク栃木ブレックスの練習を見に行って、アメリカから帰国したばかりの並里選手の取材。北海道に行って、レラカムイ対三菱のサマーカップを見て、KJ（松井）と中川の両選手を取材（どちらも、近いうちに各媒体に記事を書きます）。そのほかにも、島本和彦さんが主催のファイブスターキャンプに顔を出したり（ごく短い時間だったけれど）、日立対東海大の練習試合（非公開）を見せてもらったり、仕事関係やバスケ関係のいろんな人にお会いし、打ち合わせして…。いやはや、あっという間に過ぎていった２週間だった。</p>

<center>*　*　*</center>

<p>　さて、まだ日本から戻った後の時差も直ったかどうかという感じなのだけど、きょうから東海岸に来ている。まずはマサチューセッツのスプリングフィールド。そう、明日（9/11）に行われる殿堂入りのセレモニーの取材である。</p>

<p>　きょうは、前夜祭（正式にはFamily Union Dinner。ここで言うfamilyというのは、殿堂入りファミリーの意）。本当は招待客だけでメディアの立ち入りはなしと言われていたのだけど、特別にメディア用に１テーブル用意してもらえたので、食事もしてきた。メニューはサラダ、フィレステーキ＆バス、そしてデザートにチーズケーキ。<br />
　殿堂内のセンターコート、ふだんは一般にも公開しているコートの上にテーブルを置き、ステージを作っていた。上のほうの壁にこれまでに殿堂入りした人たち（Hall of Famer）全員の写真が飾られているので、さながら、Hall of Famerたちに見守られながらの晩餐で、なかなか雰囲気はよかった。今年の殿堂入りの人たちだけでなく、いろんな年代のHall of Famer たちが集まっていて、お互いに近況を話したりして、確かにさながらファミリー・リユニオンだった。</p>

<p>　きょうはまだメディアは少なかったけれど（20人ぐらい）、ジョーダンが殿堂入りするということで、明日の本番にはテレビを除いて、世界中から350人ぐらいのメディアが来る予定らしい。明日は朝10時から記者会見。そして夕方６時から本番の殿堂入りセレモニー。長い一日となりそうだ。</p>

<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1080523s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1080523s.php','popup','width=500,height=375,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1080523s-thumb.jpg" width="225" height="168" /></a>　<a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1080502s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1080502s.php','popup','width=389,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img  src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1080502s-thumb.jpg" width="175" height="225" /></a></p>]]></description>
<link>http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/2009/09/hall_of_fame.php</link>
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<category>010 NBA</category>
<pubDate>Fri, 11 Sep 2009 13:33:20 +0900</pubDate>
</item>
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<title>タイミング</title>
<description><![CDATA[<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1070005s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1070005s.php','popup','width=279,height=400,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1070005s-thumb.jpg" width="150" height="215" /></a></p>

<p>　中川和之が、JBLの三菱電機ダイアモンドドルフィンズ入りを発表した。<a href="http://samuraikz.com/pc/index.cgi?p=columns/20090805&m=200908" target="_blank">彼のブログ</a>によると、Ｄリーグからもドラフト候補選手として契約のオファーがあったというが、それを断っての三菱入りなのだという。それを聞いて、今まで何年もかけてアメリカ挑戦をしながら、なぜＤリーグのドラフト候補に入るチャンスをみすみす逃すのかと思った人もいることだろう。</p>

<p>　中川は去年の夏から秋にかけて、「今年がアメリカ挑戦の最後。ここでＤリーグにも入れなければアメリカ挑戦は諦める」と言っていた。ところが、去年は夏前の故障の影響もあってＤリーグ入りはならず。秋のチームトライアウトではかなりいいところまで行ったらしいが、それでも結局はＤリーグには入れず、bjリーグでプレーした。<br />
　そして今年６月、今度はＤリーグに入るためではなく、単に選手としての実力を磨くためにＤリーグ・プレドラフトキャンプに参加。その結果、去年は得られなかったドラフト候補としての契約オファーを得たわけなのだから皮肉なものだ。</p>

<p>　それにしても、たとえ去年の時点でアメリカ挑戦は諦めたと宣言していたにしても、Ｄリーグからのオファーがあったら受ければいいじゃないか、なぜ去年は目指していたものを今年は断るのか、と思う人もいるだろう。</p>

<p>　実は、今年６月、プレドラフトキャンプを見に行ったときに、中川に「もし、これでＤリーグからオファーがあったらどうするのか？」と聞いてみた。去年よりコンディションがよく、いいプレーも見せていたので、まったく可能性がない話ではないと思ったのだ。しかしその時点で中川は、きっぱりと、「それでも今回は受けるつもりはない」と言っていた。<br />
　それには理由があった。労働ビザだ。去年までの中川は、以前取った選手としての労働ビザを持っていた。その期限が切れる前にＤリーグに入りたい、というのが、去年「最後の挑戦」と口にしていた大きな理由だったのだ。<br />
　もちろん、Ｄリーグのロスター入りすればＤリーグで労働ビザを取ってもらえる可能性はある。実際、田臥もＤリーグの選手として労働ビザを取ったこともあった。とはいえ、あのときの田臥はすでにＮＢＡ経験があり、Ｄリーグでも経験がある選手だ。今の中川とは立場も違う。Ｄリーグ経験もなく、Ｄリーグチームのロスターに入るかどうか、ぎりぎりの線上にあるぐらいの選手である彼に対して、Ｄリーグが時間と経費をかけて労働ビザの手続きをしてくれるのか。手続きをしてくれたとして、申請してから許可が下りるまでにどれぐらいの日数がかかるのか。そういったことをもろもろ考えると、あまり現実的な選択肢ではない、そう中川は判断した。<br />
　これが、Ｄリーグではなく、ＮＢＡ入りのチャンスだったらまた考えも違っただろう。中川にとってのアメリカ挑戦は最終目標は常にＮＢＡであり、ＤリーグもＮＢＡへの入り口として選んだ選択肢だったのだ。<br />
　言ってみれば、タイミングがほんの少しだけずれてしまっただけ、とも言える。それでも、ここできっぱり諦められるのは、ここまで彼が本気で挑戦してきたからなのだろう。彼の選択をもどかしく思う人もいるかもしれない。「そんな細かいことはあとから考えればいいから、とりあえずチャンスがあるならやってみればいいのに」と思う人もいるかもしれない。しかし、何年もアメリカでやってきた彼だからわかる現実もあるのだ。<br />
<FONT COLOR="#8B8B00">　同じようなことは、コロンビアを出てレラカムイに入った松井啓十郎にも言える。ノースカロライナ大ではなく、コロンビア大を選んだときの選択（このあたりのことを含めて、彼の大学４年間については月刊バスケットボール10月号に記事を書いてます）、そしてコロンビアでの４年を終えた後にレラカムイに入るという選択。アメリカで、高校時代にトップのレベルも経験したからこそ、彼はそういう選択をしたのだと思う。</FONT><br />
　遠くから見ていると、目標は近くに見えるように錯覚することがあるが、実際に中に入って経験する選手たちは、その距離を身をもって実感しているのだ。</p>

<p>　そういえば、NBAサマーリーグの頃、ラスベガスで、とある人と日本人選手がＮＢＡに入る可能性について話したことがある。この夏も、何人かの日本人選手たちがＮＢＡ挑戦を口にし、実際に行動に移していたけれど、現実的にどれぐらいの可能性があるのか。個人的な意見だが、正直なところ今の時点ではどの選手の可能性も10％もないと思っている。数字として出してもあまり意味がないと思いながらあえて書いてしまうと、現実的に考えると、今挑戦している日本のトッププレイヤーたちでも１％～５％ぐらいではないかとすら思う。<br />
　だから、その現実を感じて別の道を選んでも、それはそれで悪い選択とは私には言えない。ただし、常に上達したい、成長したいという気持ちだけはどこに行っても持ち続けてほしいと思うけれど。</p>

<p>　最後にひとつ記しておきたいのは、これは、可能性が低いとわかっていながら（あるいはもしかしたら現実よりも可能性が高いと思い込んで）ＮＢＡに挑戦する選手たちに「現実を見たほうがいい」と言うつもりで書いたわけではないということ。それだけ厳しい中で、厳しいとわかりながら挑戦を続ける選手たちには敬意を感じるし、メディアという立場を離れて、応援したいとも思う。それに、それぐらい強い気持ちがなければ、１％を100％にすることはできないのだ。<br />
　そういえば、前に、知り合いのＮＢＡのスカウトが言っていた。「ＮＢＡに入るは別に世の中の人たち全員に認めてもらう必要はない。１人のヘッドコーチ、１人のＧＭが認めてくれればいい」と。</p>]]></description>
<link>http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/2009/08/post_100.php</link>
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<category>030 Japanese players in USA</category>
<pubDate>Sun, 09 Aug 2009 06:47:43 +0900</pubDate>
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<title>ハッタリ</title>
<description><![CDATA[<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1070895s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1070895s.php','popup','width=400,height=300,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1070895s-thumb.jpg" width="200" height="150" /></a></p>

<p>　ラマー・オドムがレイカーズと再契約。きょう、レイカーズの練習場で記者会見が行われ、その場でオドムとカプチャックが契約書にサイン。契約書を前にオドム、「もう少しくれないかと聞くには遅すぎるよね」とジョーク。GMのミッチ・カップチャックは「聞くのは自由だよ」と返していた。</p>

<p>　契約がまとまるまでに１ヶ月もかかったけれど、オドムいわく、「交渉とはそういうもの」だそうで。確かに、交渉の最初の頃からずっとそう言っていたから、長引くことも覚悟だったのだろう。「（交渉の難航を）個人的な批判だと受け取らないようにした」ことで、この長丁場を乗り切ることができたのだとも言っていた。<br />
　対抗馬となったヒートや、最後になってブレイザーズも契約をオファーしてきたようだけれど、オドムの心はずっとレイカーズにあったようだ。交渉の途中でレイカーズを離れることを考えたことがあるかと聞かれて、「ない。もしそれを考えていたとしたら（考えていると口にしたとしたら）、それは“ハッタリ”というものだ。ここ(LA)が自分の住処だし、ここにいたいとずっと思っていた」とオドム。横に交渉相手だったGMのカプチャックが座っているのに…（苦笑）。カプチャックもすぐに、「彼がハッタリをかましていたのだとしたら、私たちもハッタリで騙していた」と応じていた。要は、相思相愛だったけれど、お互いに相手をじらしていたという感じ？</p>

<p>　オドムと、７月頭にレイカーズと契約したロン・アーテストは幼馴染。子供の頃から同じコートでプレーしてきた。そのアーテストと、NBAでチームメイトとしてプレーできることで、「ロンロン（アーテストの子供の頃のあだ名）といっしょにできるのは夢が叶ったようなものだ」とオドム。ワイルドで闘争心の塊、何をしだすかわからないアーテストと、メローでいつ集中力を出すかわからないオドム。対照的だけど、根っこのところでつながっている２人は、お互いにとっていい影響を及ぼすのではないだろうか。もう一人の幼馴染、エルトン・ブランドがまだクリッパーズにいたら、みんなでLA同窓会ができたのに。</p>

<p>　オドム契約の陰で、中国人選手のスン・ユエは契約打ち切りでウェイバーにかけられた。サマーリーグに出るよりも中国代表チームを優先したことも彼にとってはマイナスだったようだけれど、おそらくそれがなくても今のレイカーズの状況だとカットされていたのではないかと思う。今のレイカーズには彼に与えるロスタースポットもプレータイムもなく、また彼の成長を待つ余裕もない。NBAではほとんど才能の片鱗も見せることができていなかったけれど、どこか他のチームがキャンプに呼ぶ可能性はあると思う。彼にとって、８月のアジア選手権は、そのためのアピールの場にもなるかもしれない。</p>]]></description>
<link>http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/2009/08/post_99.php</link>
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<category>010 NBA</category>
<pubDate>Sat, 01 Aug 2009 11:48:10 +0900</pubDate>
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<title>Second City</title>
<description><![CDATA[<p>　今週は、懐かしのこの街に来てます。</p>

<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1070525s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1070525s.php','popup','width=400,height=300,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1070525s-thumb.jpg" width="180" height="135" /></a></p>

<p>目的は、オバマ大統領に会うため…のわけもなく、ピザや焼肉(*)を食べるためでもなく（両方とも食べたけれど）…。</p>

<p><br />
　本当の目的はAttack Athleticsでワークアウトをしている竹内譲次選手の取材＋トレーナーのティム・グローバーの取材。そう、懐かしの街とは、シカゴです。</p>

<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1070751s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1070751s.php','popup','width=400,height=300,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1070751s-thumb.jpg" width="180" height="135" /></a></p>

<p>　譲次選手のブログにも、少し前に説明があったので知っている人もいるかと思うけれど、一応書いておくと、Attack Athleticsは、元マイケル・ジョーダンのトレーナーで、現在はコービー・ブライアント、ドウェイン・ウェイドなど多くのＮＢＡトッププレイヤーをクライアントに抱えるティム・グローバーが経営するトレーニング施設。<br />
　以前、ジョーダンがウィザーズで復帰する前にワークアウトしていたのは、Hoops the Gymという体育館だった。これもコートが４面ある立派な施設だったのだけど、すでに建っていたジムを買い取ったため、ウェイト・トレーニングの部屋が狭かったり、不便することも多かったようだ。そこでティムは２年ほど前に専用の施設を建設。それが、今回、譲次選手がトレーニングしているところだ。<br />
　バスケットボール・コートが４面あるほか、様々な器具が置かれた広いウェイト・トレーニング・ルームがあり、スキル・コーチからストレンス・コーチ、メディカル・トレーナーまで、バスケットボール選手がトレーニングで必要なものやスタッフが揃っている。コートもウェイトルームも広々と使えて贅沢な環境だ。最近では、バスケットボール選手だけでなく、フットボール選手や野球選手たちもここでワークアウトをするようになったようで、きょうも、譲次選手がシュート・ドリルをしていた２つ隣のコートでは、NFL選手たちが重いメディソンボールを使ったトレーニングをしていた。<br />
　もちろん、今回の譲次選手も含め、ここでトレーニングする選手たちはみんな、その環境やサービスに見合った料金を払っているわけだけど、アメリカではNBA選手だけでなく、大学生選手たちも、こうやって自己投資してトレーニングすることが珍しくなくなってきている。</p>

<p>　ちなみに、譲次選手、ティムが書いて日本語版も出版されている「ジャンプ・アタック」の本を高校の頃に読んだことがあったらしい。あの日本語版の出版は私も仕事として手伝ったこともあって、しみじみと時の流れを感じてしまった。と同時に、これまでやってきた仕事が今に繋がっているような感覚を持つことができて嬉しかったな～。</p>

<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1070591s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1070591s.php','popup','width=302,height=400,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1070591s-thumb.jpg" width="135" height="180" /></a></p>

<p>　代表活動が続いている時期に、トレーニングのためとはいえ、途中で抜けていることに対しては賛否両論があると思う。チームでやることを大事にする日本だけに批判の声もあるかもしれない。譲次選手も、もちろんそういったことは承知の上で、それでも、これが今の自分、そして今後の代表チームにも必要なことと判断して、この３週間、シカゴでトレーニングを続けてきたという。<br />
　チームの連携を高めていくことももちろん必要だと思うし、体格的に劣る日本にとっては勝つためには必須なのかもしれない。でも、フィル・ジャクソンがブルズのＨＣだった頃によく言っていたように、「群れの強さはオオカミであり、オオカミの強さは群れ」（原典はラドヤード・キプリングの「続ジャングルブック」）なのだ。これを日本代表に置き換えると、「日本代表の強さは日本人選手であり、日本人選手の強さは日本代表」。群れ（チーム）としてまとまるから強い、という部分は理解しやすいかもしれないが、注目は個々の狼（選手）の強さが、群れ（チーム）になるという部分。つまり、個々が強くなければ、全体も強くなれない。そのためには、時に個が群れを飛び出ることも必要なんじゃないかと思うのだ。最近、ラスベガスとシカゴで続けて日本の選手を取材していて感じたことでもある。</p>

<p><a href="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1070607s.php" onclick="window.open('http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1070607s.php','popup','width=400,height=300,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/images/P1070607s-thumb.jpg" width="180" height="135" /></a></p>

<p>　さて、譲次選手、上の写真では、ワークアウトの合間で若干メローな雰囲気（？）をかもし出しているけれど、実際には毎日、午前と午後の２回練習（週に４日は、午前の練習の後にウェイトも）をアグレッシブに頑張っている。そのハードワークぶりに、ここで働くスタッフからも「この施設はいろいろと揃っているけれど、それを有効活用しない選手もいる。そんな中で、君の毎日の頑張りに、僕らスタッフは元気をもらった」と言われたほどだった。さて、その成果やいかに。まずはアジア選手権。ちなみに、今週の取材中、譲次選手と朝と昼の練習前に会って最初にする会話のひとつは、その日のジョーンズカップでの日本戦のこと。毎日、日本協会のジョーンズカプサイトでで結果チェックしていたようです。</p>

<p>* （補足１）シカゴ・ピザは有名だけど、なぜシカゴで焼肉？と思う人のために補足。シカゴには、かつて住んでいた頃によく通っていた、シカゴ・カルビという焼肉屋さんがあるのです。美味しいのと、夜遅くまで営業しているので、日本人大リーガーの間でも大人気…というのは有名な話だけど、実はバスケ選手もけっこう行ってます。日本人選手だけでなく、スコティ・ピッペンやスティーブ・カーも。田臥選手も、かつてＮＢＡに入る前に行ったことがあるのだけど、そのときは、色紙は「NBA選手になったら」なんて言いながら、書かなかった覚えが。譲次選手は今回、サイン色紙を書いてきたので、壁に飾られているかも。</p>

<p>（補足２）タイトルのSecond Cityは、シカゴの街のニックネームです。</p>]]></description>
<link>http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/2009/07/second_city.php</link>
<guid>http://www.basketball-zine.com/miyaji/archives/2009/07/second_city.php</guid>
<category>030 Japanese players in USA</category>
<pubDate>Sat, 25 Jul 2009 14:43:11 +0900</pubDate>
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