2010.05.30
言葉
Cager Japanに掲載になっている漫画家・井上雄彦氏のインタビュー(前編)で、井上さんは「スラムダンク」中の名言と言われる言葉について、「言葉だけを抜き出すとそんなに特別なことは言っていない。漫画のセリフなので、そこまでの流れとかキャラクター性があり、その言葉がポンと出ると読者の心に深く残るのだと思う」と言っていた。
よく考えたら、これは漫画の世界だけでなく、スポーツ選手が発する言葉に感動したり、刺激を受けるときでも同じだ。
こういう仕事をしていると、日ごろから多くの選手やコーチの言葉を耳にする。その中で、この言葉を伝えたいと思って記事にすることも多い。それは、必ずしも目新しい言葉とは限らず、よく聞く決まり文句であることも多い。別の場面、別の状況で、別の人から聞いて、その時は流していた言葉であることもある。
でもその言葉を発するまでにその人が経験してきたことや、その言葉を口にしたときの気持ち、その言葉にこめられている思いを理解できたとき、それは胸に響いてくる。
選手たち自身も、自分の気持ちを確認するとき、気持ちを盛り上げたいとき、人の言葉を求めることが多い。アメリカで出会ったコーチの多くは、モチベーションをあげるような言葉をたくさん知っていて、その中からその時々の状況にあった言葉を選手に伝えてやる気を起こさせようとしていた。
以前、モントロス高校のストゥ・ベター・コーチを取材したときに、彼のファイルにはそういった言葉がたくさん集められていた。コーチ仲間の間でまわして共有することも多いという。ポートランド大のエリック・レベノ・コーチのツイッターでも、あちこちから引っ張ってきたモチベーションの言葉が引用されている。
そういった言葉にしても、言葉だけ聞いて必ずしもやる気が起きてくるわけではない。苦しんだり悩んだりする経験をしたからこそ、その言葉に共感することがあるから響いてくるのだ。ロッカールームでの試合前のコーチの言葉が、選手全員のやる気を起こさせるのは、彼らがみんな同じ苦しい練習をし、シーズンを戦ってきたという、共有するものがあるからだ。
話は少しそれるが、先日ツイッターで紹介したマリオン・ジョーンズのインタビュー・ビデオ。ジョーンズは言わずとしれた元陸上選手。オリンピックなど多くの大会でメダルを取ったが、後にドーピング使用を認めてメダルは剥奪された。
そのジョーンズ、大学時代は名門ノースカロライナ大のバスケチームの一員として全米優勝も果たしており、今シーズン、WNBAに挑戦、タルサ・ショックのロスター入りを果たした。ビデオの一番最後で、インタビュアーのシェリル・ミラーから、自分について学んだことは何かと聞かれたときのジョーンズの答えは印象的だった。
「マリオン・ジョーンズではなく、マリオン・ジョーンズでもいいのだということがわかった」
これ、文字に起こすと何が何だかわからないけれど、最初のマリオン・ジョーンズは強い語調で、2度目のマリオン・ジョーンズは普通の抑揚で言っていた。まわりから期待されているような、すべてを成し遂げることができるマリオン・ジョーンズではなく、欠点もあるし、失敗することもある普通の人間のマリオン・ジョーンズでもいいのだと。
これを、説明せずに伝えられるのが、映像(音声)の強さ。文字はそれは伝えられないけれど、かわりに映像では捕らえきれないものもたくさん伝えることができる。
ライターとしての話に戻ると、取材している中で、聞きながら「この言葉は使える」と思うことがある。やや不純な思いだとは思うけれど、おそらく同業者ならみんな経験があるのではないだろうか。
でも、実際には、単に「使える」言葉だけで記事を書いても、それは上っ面のするっとした記事になるだけ。その言葉を発した裏にある苦しみや悩み、努力。それをすべて文章で表すことは無理だけど、それを理解したうえで、少しでも伝えながら記事としてまとめる。それがライターとしての醍醐味だと思う。言葉を言葉としてだけ伝えるのではなく、その言葉を発するまでにいたった体験、思いを伝える。それがライターの仕事だと思う。
今の世の中、ツイッターでもブログでも、選手から世界に直接伝えることができる。それなら、ライターが伝えるべきことはなくなるのかというと、そうではないと思うのだ。選手が直接伝える言葉のパワーには勝てないけれど、かわりに選手個人では伝えきれないこと、表現しきれないことを書くことで、別の形で言葉に力を持たせることはできる。
NBAプレイオフも、いよいよ最後の戦いへと向かっている。勝敗にかかっているものが大きくなればなるほど、そこにたどり着くまでの苦労も時間も多く、それに比例するように選手の思いがズシンズシンと胸に響いてくる。そんな刺激的な毎日を送っていると、あらためて、この仕事をしていてよかったなぁと思うのだった。





