2008.10.17
川村卓也から見た田臥勇太(2)
きのうの続き。
■レールを外れる
田臥選手と川村選手、かなり大きな共通点がある。それは、二人とも高校→日本の大学という、日本のバスケ選手としてはごく一般的な道を選ばなかったということ。田臥選手は高卒と同時にアメリカの大学に進み、川村選手は高校を出てすぐにJBL(OSG)に入った。そうやってレールを外れることって、すごくエネルギーがいることだと思うし、二人とも、それだけ意思の強さを持っているのだろうとも思う。
そういう話をしたときの川村選手の言葉をいくつか。
「でも、ちょっと言い方も悪いんですけれど、JBLに行くのとアメリカに挑戦するのではレベルが違うじゃないですか。高校で、あのときの気持ちで海外に行くとなると、相当な心構えがないと行けないんじゃないかなって思います」
「(高校からJBLに行くのは)僕は本当に不安でしたね。どういう社会なのかもわからないし、自分のバスケットが通用するのか、そういう不安はあった。それを考えたら、(田臥選手は)その何十倍の苦痛をたぶん味わってきている。それが今となっては彼の経験となっているので。誰にも経験できないことを彼はしている」
とはいえ、そうやって人と違う道を歩くということは、まわりからの目もそれだけ集まり、厳しいことでもある。周りの目はあまり気にならないほうなのだろうか?
「初めは、(まわりの目も)気になりましたよ。ウブだったんで(笑)。そのときは、すごい批判の声もあったりだとか、あいつは絶対にやっていけない、一年でやめるみたいな感じでは言われたんで、それだけは絶対に俺は嫌だと思って。とりあえず、一年目にちゃんと試合に出て、自分の力で勝ち取ってコートに立てば、まず、少数ではあるけれど、そういう見方が変わるのかなっていう風にも思った。あと、第三者が認めるっていうのは、数字だったりとか、結果なので、それはやっぱり自分が残していかなきゃ認められないことなんだなって。いくら大口叩いたって、結果がだめだったら誰も認めてくれませんから」
■圧倒的な数字
奇しくも、川村選手から「大口を叩く」という言葉が出たけれど、帰国してから何度も繰り返し報道される田臥選手の例の言葉。田臥選手が、その言葉にこめた思いについてはナンバー記事でも詳しく書いたのだけど、彼も川村選手が言うように、言葉に出したからには結果を出さなくてはいけないという思いを持ってやっているのだ。
それでは、川村選手は田臥選手が「圧倒的な数字を残します」と言うのを聞いて、どう思ったのだろうか。
「彼らしいっていう感じじゃないですかね。やっぱり自信に満ち溢れている…っていうよりも、自分に自信があるんで、たぶん自然に出るんですね」
実は以前は、田臥選手もそういうことは口に出して言わなかったのだということを伝え、川村選手からも、そういった強気のコメントが聞かれるかと思っていたと言うと…
「(田臥について)そうなんですか。それが経験(から得た自信なんでしょうね)。日本では通用するっていうのが自分でわかっているんですよね。
僕は謙虚ですから。そのへんは勇太さんに任せます。僕はまだ、自分よりすごい上のシューターがいると思っているので、その人を蹴散らしてから言います。何年後かに…早ければ来年言います」
謙虚だといいながら、「早ければ来年」という言葉を最後に言うように、謙虚と強気、不安と自信の両方が垣間見えて、なかなか興味深い話でした。
今回は、田臥選手に関する記事のための取材ということで、川村選手にも(最初にそう断った上で)田臥関連の質問ばかりをぶつけてみたのだけど、田臥のことを語りながら、その言葉の端々に川村選手自身が見えてきて、なかなか、面白い取材でした。川村選手、どうもありがとうございました。
ブレックスの話はもう少し続きます。





