2007.08.17

キャプテンの言葉

 また間があいてしまいました。そろそろアメリカでの取材ネタに戻ろうと思うのですが、その前にあと1回だけ徳島のアジア予選関連の記事にお付き合いください。

 というのも、ぜひ紹介したいというメールが届いたから。テレビ中継の仕事で徳島に行っていたSさんからです。「仕事の合間に偶然、佐古キャプテンのキャプテンシーにふれることができたので…」と、現場の様子を書いてくださったのですが、これが現場の様子が伝わるいい内容で、私一人で読むのももったいないと思い、Sさんに了解を得て、ここに掲載させていただこうと思います。

 元はメールで、個人的な話も混じっていましたので、最初と最後を省略し、文章も若干編集させていただきました。

---以下、Sさんのメールから抜粋-----

 徳島に到着してみると、1500人のボランティアが大活躍の会場”アスティ徳島”。トランシーバーを持った地元の運営関係者が「ほじゃけんど(徳島弁)カタールの選手のバスが先に着きよるけん、はよロッカールームあけるんでよ…!」と奮闘される姿はたくましく、我々放送側も「アジア各局へいい競技映像を届けるぞ!」と気合を入れました。

 大会3日目、一次予選突破までの日本の快進撃は会場を大いに盛り上げました。特に桜井、川村の伸び伸びしたプレーと、青野&JRの高さ、折茂&佐古の一段違う試合勘をみていると「おっ、これは…モントリオール以来の…!」と思わせました。

 ところがその後二次でカザフスタンに負け、翌日の徳島新聞には「五輪黄信号」の見出し。この敗戦でぐらついたまま韓国戦へ…。あっという間に生気を失っていく日本代表をアスティ徳島の観衆は悲痛な思いで応援していました。

 韓国に負けた後、他力本願でも五輪への望みをつなげる為、韓国がカザフに勝ってくれることを祈っていましたがそれも叶わず、日本代表は五輪行きの可能性を完全に断たれながらもヨルダン戦のために会場入りすることになりました。

「最悪のシナリオやなぁ~」
 中継ブースからもそんな声がもれる中、前の試合のハイライトを送出し終えて、通路に出ると、日本代表が階段から降りてくるではありませんか。選手が通るため廊下を関係者がふさいでしまったので、学生ボランティアの横で代表選手が通り過ぎるのを待つことにしました。

 通り過ぎていく日本代表は当然のことながら暗い表情…。顔を上げる選手は一人もおらず、高校生のボランティアがかける「頑張ってください」の声に反応できる選手はいませんでした。後悔、ショック、喪失感、恥ずかしさ…。選手の胸にあったものは語れませんが、傍目にも「こんなモチベーションでプレーしたら怪我するんじゃないか」という落ち込み様でした。

 扉の向こうはお客さんの待つアリーナ、というスペースで荷物を置いたまま顔があがらない選手達。…とその時、奥の方から声が聞こえてきました。

「俺たちは負けた。結果は出た。でも今やるか、やらないかは別のこと。そこでやらない奴はチームに戻ってもやらない。俺はやる。後はそれぞれが考えろ。このチームは闘う集団として始まった。最後まで闘う集団として終わろう」

 佐古キャプテンの求めた円陣に皆が「おう」と声を一つにして日本代表はアリーナへの扉へ走りでていきました。柏木が頬を叩いて、竹内公輔が自分を確認するようにその場でジャンプして顔をあげて行きました。

 結果はどうあれ、日本代表は一つのチームになっていたんだなぁと改めて感じさせられました。韓国や中国、そして今回優勝したイランに比べれば勝負強さや成熟度が何十年分も違うかもしれません。でもいつか五輪に出場すべく、日本がどこかから始めないといけないのなら、こういうチームから始まって欲しいと思わされました。

(以下略)


Posted by Yoko Miyaji at 14:26  国際試合】 , 【日本のバスケ