2005.06.07
試合、レポート、移動・・・孤独に戦うチームのアドバンスド・スカウト【HOOP2002年6月号掲載】
>>よく使われる作戦や個々の選手の特性などをレポートにまとめる裏方の仕事
もう10年近く前のことになるが、故マリック・シーリー(当時インディアナ・ペイサーズのルーキー)が、プレイオフの移動中にプレイブックをニューヨークの空港に忘れてきたという事件があった。プレイブックとは、要はチームのセットプレイなどの作戦がすべてまとめられた冊子のことで、運の悪いことにこれを拾った人が地元ラジオ局に届けたため、シーリーは「敵地にこんな大事なものを忘れるなんてバカなやつだ」と、公共の電波ですっかりジョークのネタとされてしまった(しかしシーリーといえばニューヨークのブロンクス出身で、地元セントジョンズ大のスター選手。生粋のニューヨーカーで地元のヒーローだったはずなのに、まったくニューヨークのメディアは容赦ない。ま、シーリーもその直後に自分のアパレル会社でプレイブック柄を入れたネクタイを売り出したのだから、さすがのたくましさだったのだが)。
その事件のあとに、当時ブルズのヘッドコーチだったフィル・ジャクソンに「もしプレイブックが敵チームの手に渡ったら?」と聞いたことがある。するとジャクソンは「NBAではお互いに相手チームの作戦なんてほとんど知っているから、プレイブックを見られてもたいしたことではない。たとえペイサーズのプレイブックをニックスが見たとしても、目新しい情報はそれほどなかったんじゃないか」と言ったのだった。
実際、NBAでは各チームの作戦は公然の秘密の状態だ。もちろん、シーリーのようにプレイブックを敵地に忘れてくる選手はめったにいないわけで、どうやって“秘密”のはずの情報を手に入れるかというと、各チームともに相手チームの試合を見て、戦略などをチェックするスカウトがいるのだ。
昨年10月号の本欄でも書いたように、NBAのスカウトは大きく2種類に分けられる。一つが、カレッジ・スカウティングやヨーロッパ・スカウティングなど、これからNBAに入ってきそうな選手(大学、高校、マイナーリーグ、海外など)をマークするスカウト。これに対して、今回取り上げるのはアドバンスド・スカウティングと呼ばれる種類のスカウトだ。日本語だと「先乗りスカウト」というのだろうか。チームの対戦に先駆けて相手チームの試合を見て、よく使われる作戦や個々の選手の特性などをレポートにまとめるのが彼らの仕事だ。
チームによって、一人か二人のフルタイムの専任アドバンスド・スカウティングを置くところ(ヒートなど)もあるし、各地域にパートタイムのアドバンスド・スカウティング要員を置いているチーム(ジャズなど)もある。また、アシスタントコーチが交代でその役割をしているチーム(レイカーズなど)もある。ほとんどのスカウトがこれからNBAのコーチ界に入りたいというコーチ予備軍。そのほかに、元高校や大学のコーチだった年配の人が第二のキャリアとしてスカウトをしている場合もある。
興味深いのは、アドバンスド・スカウティングの存在自体は公に認められていて、どの試合会場でも、他チームのスカウトが試合に来るときちんとゲーム・パスを出し、コートサイドかエンドライン1列目の試合を見やすい席を与えるということだ。たとえ、そのスカウトが自チームのスカウトをするとわかっていても、3階の見にくい席に追いやるようなことはしない。どの試合でも1列目で堂々とスカウティングが行われているのだ。これでは、秘密にしておこうというほうが無理なことに思える。さらにおもしろいのは、同じ試合で同じチームをスカウトしていたどうしで、例えばあるプレイがどんな動きなのかとか、コーチがどんなシグナルを出していたといった情報交換をすることもあるということだ。たとえほかの状況でライバルでも、その試合をスカウトしている間だけは同志というわけだ。
試合を見たあと、スカウトはホテルに戻ってスカウティング・レポートを作成する。レポートの長さは、5ページくらいと比較的短いものから、60ページと長いものまでさまざまだが、レポートの内容はだいたい同じだ。いちばん大きな部分を占めるのが相手チームのセットプレイ。これはダイアグラムで描くだけでなく、どういう名前で呼ばれているかということまで記述される。この名前が、スカウティング・レポートには必須、かなり重要だ。名前がわかれば、試合中に相手コーチが例えば「3アップ」とプレイの指示を出したときに、すぐにどんなプレイかがわかるからだ。
「試合会場にまで来てスカウトするいちばんの理由は、この名前を知るためなんです」とあるスカウトは言う。セットプレイの動き自体は、試合のビデオを見てもわかる。実際に、あらかじめビデオで数試合見て研究し、たいていのセットプレイの動きは知っている状態で試合会場に行くようにしているというスカウトもいた。
ちなみに、各チームが1試合で使うセットプレイの数はおおよそ40から50。一つのプレイからのバリエーションもあるとはいうものの、思った以上に多くのプレイが使われている。これをすべて網羅しようとしたら、レポートが60ページになるのも納得だ。逆に5ページというのは短く思える。実はこれはジャズの場合なのだが、ジャズはほかのチームとは少し違うアプローチをとっている。相手チームのセットプレイはあまり重要視せず、それよりは個々の選手の情報(長所、弱点、得意なシュート・スポット、得意なムーブなど)を細かく集めるのだ。もちろん、コーチ陣はどんなセットプレイがあるのかという情報は持つようにしているのだが、試合前に選手に伝えられるセットプレイは1種類、あとは試合中に必要と思うときだけタイムアウト中の指示を出す。これは「長いシーズン中に選手にあまり多くの情報を与えても、選手のほうで情報過多になってしまう」というジェリー・スローンの考えからくるものなのだという。確かに、レギュラーシーズンでは週3~4チームと対戦するわけだから、すべて合わせるとかなりの情報量。これも一つのやり方だろう。
いちばんスカウトするのがたいへんなチームはと聞くと、どのスカウトも口をそろえて、「ラリー・ブラウンのチーム」という。というのも、ブラウンはシーズンの途中で、頻繁に新しいセットプレイを加えるため、2週間くらいの間をあけると、まるで別のチームなのだという(シクサーズのコーリー・ブラントに聞いたところ、実際、今シーズン途中でブラントが故障で休んでいた4日間の間に新しいプレイが4つ増えていたらしい)。
これだけ“公然の秘密”状態の中で、セットプレイの名前を隠そうとしていたのが、昨季までブレイザーズのヘッドコーチだったマイク・ダンリビーだ。着ているジャケットの陰に手を隠しながらシグナルを出していたという。逆に、開けっ広げなのがジャズのスローン。大きな手を、さらに前に突き出すようにして、堂々とシグナルを出している。セットプレイを知られていようと、緻密なプレイでディフェンスを上回れるという自信があってのことなのかもしれない。
しかしこれだけスカウトされてしまうのなら、ある程度はチーム側も防御策に出るのではないかと思うのだが、例えば、野球でサインを試合ごとに変えるように、セットプレイの名前やサインを変えたりすることはないのだろうか。
「それはあまりない」とあるスカウトは言う。
「一試合に多くのプレイを使うし、多くの試合を戦うから、変えるような時間もない。第一、あまり変えたら、相手チーム以上に、自分の選手を混乱させることになるからね」
最近のテクノロジー革命はスカウトのあり方も変え始めている。コートの絵が描かれた紙を何枚も用意して、試合で見たダイアグラムを手書きで書き込むという方法は今でも主流派だが、最近ではコンピューターを利用するスカウトも増えている。なかでも最先端をいっているのがマイアミ・ヒートで、2年前に独自のスカウティング・プログラムを開発、ダイアグラムから何から、すべてコンピューターに入力している。これだとスカウティング・レポートもeメールで送ることができるので、毎日が移動のコーチやスカウトには最適だ。ヒートほど高度ではないが、NBAもリーグとしてスカウトのためのコンピューター・ソフトウェアの開発を始めているという話も聞く。
アドバンスド・スカウティングの仕事でいちばんたいへんなのが移動だ。何しろ毎日移動して試合を見るわけで、専任スカウトの中には週に6日が移動で家に帰るのは1日だけという人もいる。目的地に着いたらまずホテルにチェックイン、試合会場に行ってスカウトをし、試合後はホテルに戻ってレポートをまとめ、次の朝は飛行機で次の都市に移動というハードスケジュールだ。しかも、チームとは別行動で一人で仕事をするのだから、かなり孤独だ。
最後に、いいスカウトになるのに何が必要か、ヒートのスカウト部長兼アシスタントコーチのエリック・スポルストラに聞いた。
「いちばん必要なのは移動を嫌がらないこと。そしてプレイをきちんと見分ける目。プレイのコールを聞き分けるための集中力。勤勉であること。試合を見る前にビデオを見るだけの労力を惜しまないこと。たいへんだけれど、試合の裏の戦略などを扱う、おもしろくてやりがいがある仕事だよ」





