2005.06.07
中国13億人の潜在ファンを見込んだドラフトになるのか【HOOP2002年7月号掲載】
>>ヤオ・ミンのワークアウトに全米から150人の記者やレポーターが集まった
5月のシカゴで、これほど多くのNBA記者たちが一堂に会したのは何年ぶりだろうか。NBAプレイオフ真っ最中の5月1日、プレイオフの試合が行われるわけもないシカゴの体育館に、150人の記者やレポーターたちが集まったのだ。大ざっぱに見積もってその半数が地元シカゴのメディアだったとしても、70人以上の記者たちが、わざわざ飛行機に乗って全米から集まってきたことになる。スポーツイラストレイテッド誌、ESPN(テレビ、ラジオ、雑誌すべて)、ニューヨーク・タイムス紙(をはじめ、ニューヨークの新聞社すべて)、ワシントン・ポスト紙、メンフィス・コマーシャル・アピール紙など、NBAファイナルでも行われるのではないかと思うほどの顔ぶれだ。
彼らがシカゴに来た理由はヤオ・ミンだ。シューズなしの身長が226cm(シューズを履けば229cm。NBAの多くの選手は、シューズを履いたときの身長を登録身長にしている)と長身で、ビル・ウォルトンが「バスケットボールを変えるかもしれない」とまで評した中国人センターだ。そのヤオ・ミンの、ドラフト前のワークアウトがシカゴのロヨラ大体育館で行われたのだった。
ワークアウトを見に来たのはメディアだけではない。ジェリー・ウエスト(グリズリーズ)、ジェリー・クラウス(ブルズ)、ブライアン・コランジェロ(サンズ)、フランク・レイデン(ニックス)など、25チームのGM、スカウト、コーチたち、計65人が体育館に詰めかけ、コートサイドからヤオ・ミンのシュート、パス、ドリブル、フェイク、フットワークなどの一挙一動を見つめていた。NBA29チームのうち、この日、一人も代表を送り込まなかったのは、セルティックス、ホーネッツ、ティンバーウルブズ、マジックの4チームのみ。この4チームのうち、セルティックス(トレード)とティンバーウルブズ(ジョー・スミスの一件での処分)は1巡目指名権を持っていず、ホーネッツとマジックも1巡目真ん中の指名権だから、上位チームとトレードをしないかぎりはヤオ・ミンを指名できる可能性はないのだから、ワークアウトに来ていないのも不思議ない。
むしろ、今のドラフト順のままではヤオ・ミンを指名できるわけがない多くのチームまでもがこのワークアウトを見に来ていたことのほうが驚きだ。下位指名権しか持っていないチームに加え、トレードにより1巡目の指名権がないスーパーソニックスやマーベリックスのスカウトたちもワークアウトに来ていたのだ。中国よりシカゴのほうがずっと近いとはいえ、たかがワークアウトにこれだけ集まるというのは、それだけヤオ・ミンに対する注目度の高さを物語っている。
そのヤオ・ミン、まずは心臓の強さを見せつけた。NBAのGMたちが勢ぞろい、自分の将来がかかった場でプレイを見せるのは、2万人の観客の前でプレイする以上に緊張するのではないかと思うのだが、そんな様子はまったく見せなかった。コートに入ってくると、まずはゆっくりとドリブルをつきながらハーフコートラインを越え、大学の3ポイントラインの一歩外で足を止めると、ポンとシュートを放った。ソフトなタッチのシュートは、そのまままっすぐネットを通過。
この最初のシュートに始まり、ワークアウト中も、シュートはとにかくよく決めていた。ディフェンスなしの状態では、ほとんどのポジションから8割以上の成功率。ワークアウトの合間に挟まれたフリースローもほとんどすべて決めていた。サイズの次に、ほとんどのGMたちが目に留めたのがこのシュート力だ。そのほか、バスケットボール感覚、パスやドリブル、フットワークなどの基本技術も称賛された。
「ずばぬけたサイズ。シュートもよく入るし、よく走る。ドリブルはどちらの手でも問題なくこなす。とにかくシュートがよく入る。17~18フィート(約5m)の距離からならかなり確実に決めていた」(ロケッツGM、キャロル・ドーソン)
「彼を指名することは、別にもうけではない。彼ならNBAで十分に選手としてやっていけるだろう。サイズだけ考えても特別な存在だ。あのシュート力も特別。あれだけのことができるビッグマン、しかもバスケットボール感覚がある選手は、コーチたちは好きだからね」(グリズリーズ・バスケットボール運営部長、ジェリー・ウエスト)
まったく不安材料がないというわけではない。オフェンス面では、インサイドに攻め込む姿勢をあまり見せなかったことが一つ。ワークアウトの相手は218cm、136kgのオレゴン大センター、クリス・クリストファセンだったのだが、一回り背が低いクリストファセン相手にも、身長差を生かしてインサイドで勝負するよりも、外に出てシュートを放つことが多かった。
「彼は、今の段階ではどちらかというと技巧で攻めるタイプの選手だ。誰もが、彼がもう少しバスケット近くでプレイするところを見たいと思っている」とウエスト。
ディフェンス面も課題だ。シドニー五輪で米代表チームと対戦したときには、ヤオはわずか16分間の出場時間でファウルアウト(5ファウル)している。長身を生かしたブロック力は確かに脅威だが、それを発揮できるだけコートの上にいられるかどうかを疑問に思う声も多い。さらに、体力面も不安材料の一つ。さほどフィジカルとは言えない1時間余りのワークアウトの中でも、後半になるとひざに手をついた中腰の姿勢をとり、見るからに疲れた様子だった。
とはいえ、これらの不安材料はどれも練習によって改善の余地があることばかり。NBAでよく言われる「教えても長身になるわけではない」ということばどおり、身長によるメリットはかなり大きく、このままいけばドラフト3位以内の指名は堅そうだ。
実はヤオ・ミンには能力面以上の不安材料がある。ヤオ・ミンのうしろにある中国側の圧力だ。例えば、現在ヤオ・ミンが所属、今後もヤオの中国内での権利を保有する上海シャークスのGMは、ヤオを指名するチームは中国でのクリニックや上海でのエキジビション・ゲームを行ってほしいとコメントしているのだが、これはまだ序の口。
ヤオのNBAワークアウトを5日後に控えた4月末、中国政府は海外でプレイする選手は、総収入の半額を中国バスケットボール協会(30%)、中国政府機関、(10%)、上海市政府(10%)に納めなくてはいけないという新しい法律を施行した。1位指名されれば3年間で約1200万ドルの契約を保証されるヤオを念頭において施行された法律だと言われ、揶揄的にヤオ・ルールと呼ばれているらしい。
NBAでは「サラリーと税金のことはあくまで選手と中国政府間の問題」と傍観者を決め込んでいるが、そのこと以上にNBAとヤオを指名するチームにとって問題なのは、ヤオ・ミンら中国選手はNBAチームと契約しても中国政府や在籍していたチーム(ヤオの場合は上海シャークス)に拘束されるということだ。夏のオフシーズンの間に国の代表として国際大会(今夏の場合は世界選手権)に出場することはもちろん、ときにはそれがシーズン中に及ぶこともある。例えば、昨シーズン途中でマーベリックスと2年契約したワン・ジジだが、今季マーベリックスに加わったのはトレーニング・キャンプがとっくに終わり、シーズンが開幕した3週間後。中国国内の国体に出場することが義務づけられていたためだった。これによってワンは貴重なトレーニング・キャンプの練習に参加できず、しかもマーベリックスはワンが加わるまでの3週間、11人のラインナップで戦わなくてはいけなかった(NBAがワンの故障者リスト入りを認めなかったため)。
ヤオの場合も同じような中国側の拘束が予想される。今シーズンのワンの場合はまだ出場時間の短い控え選手だからマーベリックスはそれを容認できるだけの余裕があったが、果たしてそのような拘束がある選手をチームの中心選手として当てにできるのか、上位で指名する価値があるのかどうかを疑問視する声も出ている。
さらに、中国側はヤオが中国人人口の多い大都市と契約することを希望しているという話もある。実際、ヤオはシカゴに滞在中の1週間にニューヨーク・ニックスとシカゴ・ブルズとはそれぞれ個別ワークアウトを行っているが、同じように個別ワークアウトを希望したメンフィス・グリズリーズに対しては多忙を理由に断ったという。
そのことを聞かれると、ジェリー・ウエストは「メンフィスには中国人が多くないからね(2000年の国政調査によると、メンフィスの人口のうち中国人人口は1%未満)」と答えた。それでもウエストは、「チームはこういったことで脅迫されるべきではない。もし私たちの指名権のときに彼を指名することができ、彼がチームに必要な選手だと思えば指名する」と言ってはいるのだが、やはり地元のマーケティング面でのメリットが小さいチームにとっては、いろいろと二の足を踏む状況ではある。
中国13億人の潜在ファン層を見込むか、目先のチーム作りを優先するのか。いずれにしても、6月26日のドラフトでヤオ・ミンを指名するチームには相当の覚悟が必要なようだ。





