2009.07.25
北京オリンピックの宿題
しばらくブログをお休みさせていただきました。この1年間は制作物の編集に携わることが多く、
自分自身、ライターとして情報をアウトプットできなかったと反省しています。
これからまた、情報を発信していきます。
ここでは、誌面で伝えられなかったことや、インタービューを中心に書いていきます。
この偉大な方のインタビューから再開します。
元アメリカ女子代表のヘッドコーチ、アン・ドノバンさんです。
ちょうど1年前。
最後のエントリーで、北京オリンピックで金メダルを受賞したアメリカ女子代表のことを書きました。
「なぜ、たった4日間の練習だけで世界一になれたのか」
もちろん、身体能力も個人能力も抜群のアメリカのこと。
日本人とは違い、長い時間をかけなくても一つのチームになれるのかもしれません。
だけど、北京で見たアメリカ代表は、決して能力だけのチームではなかった。
星条旗のもとに集まった選手12人とスタッフの強固な絆と信念に満ち溢れたプレイは
見ているものに“本物のチーム力”を教えてくれました。
あの北京の夏を見てからというもの「4日間の合同練習で世界一」を達成できる
アメリカ女子の適応力について、ずっとずっと解明したいと思っていました。
「適応力」こそが、日本人に一番欠けているところで、
どうやってチームを築いてきたかを知ることで、日本代表を創るヒントが得られると思ったのです。
今年の2月にアメリカ女子代表のヘッドコーチ、アン・ドノバンさんに会う機会がありました。
オリンピックで金メダルを受賞した報告として、古巣・シャンソン化粧品に招かれたもので
21年ぶりに日本に訪れ、シャンソンでクリニックや日本の関係者に挨拶まわりをしていたのです。
その時にインタビューの時間を取ってもらい、話を聞くことができました。
時間にして30分。
たった30分でアメリカのすべてがわかるわけではないけれど、
それでもアメリカの強さの秘密の輪郭は見えました。
このインタビューは月刊バスケットボール5月号に掲載したものですが
読んでない方も多いと思います。
世界一のアメリカが、どのようにしてナショナルチームを創っているか、
アメリカ女子が行っている「継承」こそが、日本のナショナルチームに足りないものだと思うので
一部抜粋して掲載することにします。

アメリカの威信を取り戻すために
つかんだ北京五輪での金メダル
――アメリカは北京オリンピックで圧倒的な強さを発揮しました。世界一になった感想を聞かせてください。
金メダルを獲得した気持ちを一言で表すと『エクスタシー&ジョイ』になります。頂点に昇るような気持ちで、言葉に言い表せないような喜びがあります。アメリカ代表は選手もスタッフも、すべてが完成されたオーケストラのような演奏だったと思います。
――WNBAのシーズン中であったため、全員が揃って4日練習しただけで大会に臨んだと聞きました。それでも、優勝できた要因は何でしょうか?
金メダルを獲ることは大変な務めでした。オリンピック前には40数名の選手を集め、ミニキャンプを何回も行いました。選手たちはプロとしてそれぞれ活動の場があり、40数名全員が揃うことは不可能なので、ミニキャンプにはそのつど、違う選手を呼びました。コーチたちは40数名の個人スキルを伸ばすことを主眼に置いて指導プログラムを組み、それは大変なロードだったんです。集まった選手たちも個人スキルを伸ばすために努力しました。それぞれのスタッフと選手の意識の高さがあったからこそ、全員が揃ってたった数日間の練習でも、金メダルを獲ることができたのだと思います。
また、バスケットのチームを作る方法としては、全体があってパーツを育てる方法と、パーツがあって全体が出来上がる方法があります。今回のアメリカは、パーツがあって全体がある方法でした。時間的にもそうせざるを得なかったのです。
――ミニキャンプはいつ頃から、どのようにやっていたのですか?
06年の世界選手権では準決勝でロシアに負けました。それ以降、名誉を取り戻すために、ミニキャンプに力を入れたのです。WNBAのオフシーズンであれば、選手たちはヨーロッパなどでプレイします。スペイン周辺で見てみたい選手がいればスペインで数人、その後、ローマ周辺の選手を数人集めてキャンプをしたり。ヨーロッパやブラジル、アジアでミニキャンプをしましたが、この選手とあの選手を合わせれば効果が出るんじゃないかという具合に、個人の力量を調合していきました。私は選手のスケジュールにあわせて、世界中を旅行のように出張していましたね。ものすごく大変なロードでしたけど、楽しかったし、やりがいもあったし、成果も出ました。

――北京でのアメリカ代表は、ハートの強さが伝わってくるチームでした。個人の力量を集め、どのようなチームにしようとしたのですか?
要求としてはディフェンスをしっかりやること。私が指導したというよりも、選手たちの持っているものが素晴らしい。アメリカ代表は、自分のバスケットに対してプロ意識を持ったスーパースターの集まりです。そんなスーパースターたちのたった一つの目的は、アメリカが勝つこと。それだけに集中していれば、心はひとつになれました。
――北京オリンピックではアメリカがダントツの力を示しましたが、現在の女子バスケットボール界の勢力図をどのように見ていますか?
アメリカは北京で世界一のチームプレイをしたと思いますが、北京オリンピックに至るまでは、そうではなかったこともありました。アメリカは2000年のシドニーも、04年のアテネも優勝したけれど、ダントツとは言える状態ではなかったのです。正直なところを言えば、アメリカにはWNBAがあるため大会前に練習時間が取れず、ナショナルチームにはそれほど力を入れていませんでした。
そんな中で私はアメリカの強さを取り戻したいと常々思っていました。オリンピックで金メダルを獲っていたとはいえ、2000~06年の間にアメリカは力が落ちました。その間に上がってきたのが、ロシアやオーストラリアです。
北京オリンピックで2つ証明したことがあります。ひとつは、同じ目的を持ってチームの心が一つになれば強くなれるということ。もうひとつは、WNBAという存在があるために、アメリカ代表の練習が減ったばかりではなく、WNBAに主力を送り込んだ国にも影響を及ぼしたこと。WNBAの存在は世界中の女子バスケットに大きな影響があったと思うし、これからも影響するでしょう。私たちはWNBAの国にいるのですから、勝たなければならないのです。
私はこの4年間、アメリカ代表のヘッドコーチとしてやってきました(国際大会の采配は06年の世界選手権から)。何を一番大切にしてきたかというと、国の威信を取り戻すこと。2000年あたりからアメリカの力が落ちたとはいえ、アテネオリンピックまでは、他の国がアメリカの強さに圧倒されることも時にはあったと思います。しかしそれ以降は、他の国がアメリカを怖がらなくなり、アメリカが対等に見られるようになっていました。私はアメリカの強さを取り戻して、強さを世界に見せたかった。北京オリンピックでのアメリカは、少しばかりの尊敬と存在感は取り戻せたと思っています。
――ドノバンコーチはアシスタント時代から、他国の試合をよく観戦している姿を国際大会で見かけました。スカウティングもあるかと思いますが、対戦しない国の試合もよく見ている。また、04年のアメリカ遠征時には、実力差がありながらも「スタイルの違う日本と対戦しておきたい」と言って、対戦を引き受けてくれました。世界一の強さを誇りながらも、準備にぬかりがない印象を受けました。
私がどこの国でも必ずゲームを見るのは、アメリカのためにどこかで役立つと思うからです。私はヘッドコーチを務めましたが、アシスタントコーチの役割が自分に合っているとも思っています。どの国の試合を見ても勉強になることばかりです。チームが強い、弱いは関係なくて、私はバスケットが大好きなんです。日本にしても、アジアにいれば似たようなバスケットしか経験できません。色々な国のバスケットを経験することが大切です。日本がヨーロッパやアメリカなど、まったく違うスタイルのチームと対戦しておくことに深い意味があるのと同時に、アメリカにも同じことが言えます。

――日本は世界最終予選で敗れ、オリンピックには出場できませんでした。ドノバンコーチの目から見て、日本には何が足りないと思いますか?
日本の場合、直面している大きな壁は体の大きさですね。これはどうすることもできないのでしょうが、アメリカの考えとしては、ジュニア・プログラムをしっかりとすること。そうすれば、限られた素材の中でも、身長とか体格をクリアして伸ばしていける部分はあります。ですから、ジュニア・プログラムに力を注いでほしいです。
――ドノバンコーチの指揮官としてのモットーを教えてください。
私自身はディフェンスのコーチです。ディフェンスが勝利につながるカギで、ディフェンスを一番重点に指導します。ディフェンスがきちんとできていれば、オフェンスにもつながり、ポイントを重ねられるでしょう。そして先ほども言ったように、スタッフと選手の目的と心を一つにして、チームが信頼し合うことが大切です。
――北京オリンピックを最後に、アメリカ代表のヘッドコーチを勇退されました。今後の予定は?
いい質問ですね(笑)。今はわかりません。大学に戻るかもしれないし、プロチームのヘッドコーチになるかもしれません。アメリカ代表のやり方というのは、オリンピックをスパンとした4年体制で動きます。ヘッドコーチの下にアシスタントが2~3人いて、アシスタントはヘッドの下で4年間学んだことを受け継ぎ、オリンピック後にアシスタントのうち誰か一人がヘッドになります。次のヘッドは私の下にいたアシスタントのうち、誰かが務めることになるでしょう。その繰り返しです。それはなぜかというと、人が変わることで常に新しいアイディアが動くからです。一つのやり方に留まらないながらも、やってきたことを引継いでいくシステムです。
――基本となるスタイルを継続しつつ、常に新しい風を入れているからこそ、強さが受け継がれているのですね。
その通りです。みんなが常に前向きだし、チャレンジ精神にあふれています。私は代表ヘッドコーチという重責を終えましたが、これからも新しいことにチャレンジしていくつもりです。
取材日/2009年2月7日 豊橋市Wリーグ試合会場にて
●アン・ドノバン Anne DONOVAN
1961年生まれ、アメリカ・ニュージャージー州出身。204㎝の高さを生かし、アメリカ代表としてロサンゼルス、ソウル五輪で金メダルを獲得。大学卒業後、1983年にシャンソン化粧品に入団し、5シーズンにわたり活動。日本リーグでは3度の優勝、2度のMVPを受賞。1989年に現役引退。大学、ABLのヘッドコーチを経て、WNBAで指揮を執る。2004年には初の女性ヘッドコーチとして、シアトル・ストームを王者に導いた。1999年にはバスケットボール殿堂入りを果たす。2006年よりアメリカ代表のヘッドコーチに就任。北京オリンピックでは圧倒的な強さで金メダルに導いた。





