2007.10.02
鬼塚喜八郎会長、逝く

FIBA事務総長、パトリック・ボウマン氏と鬼塚会長
スポーツ用品メーカー、アシックスの創業者・会長であり、日本バスケットボール協会会長の鬼塚喜八郎氏が、9月29日、心不全のため永眠された。89歳。
9月30日、JBLチャレンジカップ決勝戦の前には哀悼の意を表して黙祷を捧げ、選手は喪章をつけて戦った。
氏が日本バスケットボール協会会長に就任したのは2005年。世界選手権、北京オリンピック予選、新リーグ開幕と、日本バスケットボール界の激動期に、90歳近い高齢で会長の職を務めた。
鬼塚氏が心の底からバスケットボールを愛し、日本のバスケットボール界の発展を願っていたことは、大会での“熱”のある会長拶等からも伝わってきた。米寿(88歳)を迎えたとは思えないほどの豊かな声量で、自分の思いを、自分の言葉で伝えてくれる人だった。ウインターカップ開会式の挨拶では、高校生たちが鬼塚氏の発するパワーに圧倒され「逆に若い私たちが鬼塚会長から元気をもらいました」と感想を語るほどで、いつでも溢れんばかりの生命力に満ちた人だった。
最後に会場で見かけたのは今年のオールジャパン(全日本総合選手権)。報道席の前を通り「やあ、やあ、やあ」と、いつもの笑顔で「いい報道をしてくださいね」と記者たちに声をかけてくれた。個人的に面識はなかったが、その笑顔は私たち記者の活力にもなっていた。
いい報道とは何だろうか。真実を捻じ曲げず伝えることが報道のあるべき姿だとすれば、私はJBLチャレンジカップ決勝の日、訃報を受けて、世界選手権開催に尽力した役員の方から聞いた「鬼塚会長の思い」をここで伝えたい。
「会長は日本のバスケットボールがひとつになることを望んでいた。JBLとbjリーグについては、財団法人と株式会社という違いはあるが、一緒に手を取り合えないものかと、そのことをいつも気にかけていた」
日本のバスケットボール界が混沌としている今、「ひとつになる」ために、やらなくてはならないことが山のようにある。JBLとbjリーグという日本に2つあるリーグの在り方、4度の評議員会の流会、国をあげての強化策の立案……。
もう、今となっては聞くことのできないバスケットボールに対する熱い思い。ただ、日本バスケットボール協会の会長としては、公の場で上のコメントを発してほしかった。たとえ、すぐには解決しないことだとしても、日本バスケットボール界の長が抱いていた思いを、いつもの心が震え立つような言葉で私たちに伝え、道を示してほしかった。その思いを直接聞けなかったこと、成し遂げられないままに逝ってしまったことが、本当に残念でならない。
ご冥福を心よりお祈りいたします。
アシックス公式サイト
【訃報】弊社 創業者会長 鬼塚喜八郎 逝去のお知らせ





