2007.04.17

沖縄のパイオニア

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先日、沖縄に行った時に安谷屋兄妹に会った。
3シーズン前にオーエスジーを引退した兄の安谷屋健太(あだにや・けんた、29歳)と
今シーズン限りで三菱電機を引退した妹の安谷屋陽子(あだにや・ようこ、27歳)。
三菱電機の公式サイトで安谷屋選手の引退が発表されたこともあり、
ここでは、現役引退をして迎える2人のセカンドキャリアについて紹介したい。
2人とも今春から晴れて、沖縄で高校の先生になる。


■沖縄バスケット界のパイオニア

沖縄のバスケ界で知らない人はいないほどの有名な兄妹。
2人とも「沖縄のバスケを盛り上げよう」と、男子を指導する新里勲先生(現在は定年退職)と
女子を指導する安里辰雄先生(現在は西原高校で全国大会に出場)を慕って
公立の北中城(きたなかぐすく)高校に進学。
何も実績がないところから築き上げ、一躍、全国区となるチームへと導いてきた。

健太は北中城高で沖縄初のインターハイ準優勝(94年)を果たし、
順天堂大では春のトーナメント優勝経験あり。
陽子は沖縄女子初の全中オールスター優勝(94年)を皮切りに、
安慶田(あげた)中で全中準優勝(94年)、北中城高でインターハイベスト8(96年)、
ジュニア日本代表キャプテン(98年)、国体準優勝(01年)と輝かしい実績を残し、
大学では、名門・愛知学泉大の黄金時代を築いた一人だ。

他の県だったらこういった実績を残した選手は少なからずいる。
でも沖縄は“内地”で通用する地元のヒーロー、ヒロインを求めていた。

「野球が先か、バスケットが先か、沖縄から日本一になるスポーツを出すことが沖縄人の夢です」
(94年月刊バスケ「沖縄バスケ特集」にて、沖縄県バスケットボール協会を取材した時のコメント)

特に陽子は、これまで目立った活躍のなかった沖縄女子バスケ界を一手に引っ張ってきた。
高校進学の際は内地からのスカウト合戦も多く、当初彼女も沖縄を出たがっていた。
だが、父・松一氏は断固としてその誘いを断り、泣き続ける娘にこう言った。

「お前は沖縄のバスケットボール界のために、歴史を作らなきゃいけない」

かくして、安谷屋陽子は「沖縄バスケット界のパイオニア的存在」になった。


■兄の健太は念願の体育教諭に

兄の健太は3シーズン前にオーエスジーを退団し、現役生活にピリオドを打った。
当時は新婚で長男が産まれたこともあり、しばらくはオーエスジーに残って働き、
昨年ようやく本腰を入れて、教員採用試験に向けて勉強する時間が取れた。
沖縄では体育教諭に採用されるのは競争率が高い狭き門。
またこれは沖縄に限ったことではないが、引退した選手が国体要員の枠で教員に採用されたり、
採用試験のない私学で教員になるケースは多いが、
公立の採用試験を受けて教員になるには、相当な努力が必要だ。

現在二児のパパである健太は、家族のためにもと奮起し、見事難関を突破。
今年の春からは、晴れて「県立沖縄工業高 定時制課程」の体育教諭になった。
ここで1年就任したあとは、全日制に異動するとのこと。

「ゆくゆくはバスケット部を指導したい。強いチームにしたいのはもちろん、
多くの人から好かれるような、やるべき事が出来るチームを作りたい」と意欲を燃やしている。

ちなみに、クラブチーム「沖創建設」に所属。こちらは、まだまだ現役続行中だ。


■妹の陽子は嘉手納(かでな)高で担任を受け持つことに!

妹の陽子は今春、三菱電機を退団し現役生活を終えた。
採用試験は来年度に受けることになるが、4月から県立嘉手納高に赴任することが急遽決まった。
なんと、赴任していきなり担任を受け持つという。

「入替戦に勝っても負けても、今シーズン限りでの引退を決めていました。
入替戦が終わったあと、小さい頃からなりたかった教員の話が、あれよあれよと決まったので、
これも引退するタイミングなのかなって思って決断しました。
昨シーズン、2部に落ちたときは『もう1年やりなさい』と神様に言われた気がして
この1年間は必死にやってきました。
自分の最後の試合(入替戦)は5ファウルで終わってしまいました。
チームを1部に上げることができず、ある意味、これが自分の力なのかと思ったし、
精一杯やったからこそ、ここでバスケを吹っ切る決意ができました。
勝って1部に上げて終わることができれば一番よかったけれど、
あとは若い選手たちにコアラーズを託します。
応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました」

現役としてもまだまだ十分やれる彼女。
教員チームでも、国体でも、きっと超即戦力だろう。指導者になることも考えているという。
でもしばらくは、バスケから離れたいという。なぜなら……

「だって家庭科の先生ですから、料理と裁縫の勉強をしないと~~~~」

彼女はどう見ても「体育の先生」というイメージしかないけれど(笑)
出身校である愛知学泉大は家政系の大学。
当然、家庭科の先生になる。栄養士の資格だって持っている。
これからは、手にバスケットボールから、包丁に針と糸の生活に一変!


■セカンドキャリアの見本に

沖縄において、自由奔放な発想を持つ選手は数多くいるが、
中学校の頃からきっちりとしたドリブルワークとワンハンドシュートのテクニックを
持つ選手を見たのは、この安谷屋兄妹がはじめてだった。
私がはじめて2人を見たのは健太も陽子も中2の時だったが、陽子に関してはミニバス時代から
ワンハンドシュートのテクニックが注目されていた。
ミニバスと中学のコーチだった父・松一さんから、しっかりと基礎を叩き込まれていたからだろう。

来るべき時が来て、自分の居るべき場所・沖縄へと帰った安谷屋兄妹。
バスケット選手のセカンドキャリアという意味においても、「トップリーグの選手と先生」という
両方の夢を達成した2人の生き方には、今後も注目していきたい。
2人の発想豊かなプレイ、大好きだった!
これからは、「バスケの楽しさを教えてもらった沖縄に恩返しする番」(陽子)として、
がんばれ新米先生!


次は4月15日に行われた浜口典子選手(アイシンAW)の結婚式についてエントリーします。
おめでとうマック!


Posted by yota at 01:01  あの人に会いたい!