2005.10.09

宮城の高校界に刻まれた新たな歴史

kessen1.jpg

 胸いっぱい、お腹もいっぱい…。今日(10/8)1日いろいろあって感動と興奮の余韻の中にいる私は、ラーメンと餃子とおでんと牛タンと甘エビなど、お腹がふくれるほど食べ過ぎたこともあいまって、もう満腹状態。いったい何から書けばいいだろうか…。

 仙台vs明成――。

 私が感銘を受けたバスケットの中に仙台高校があり、佐藤久夫先生がいる。その久夫先生が今年から指揮をとることになった明成高と、久夫先生の前任校で教え子でもある佐藤剛先生率いる仙台高が、ウインターカップ県予選のベスト4決めで対戦することになった。全国大会に出るにはお互い倒さなければならない相手。その対決が1年目でやってきたのだ。

「恩師vs教え子」「明成の注目の1年生vs仙台の地元の3年生」。そして2001年以来、4年ぶりの高校バスケ采配(※)となる久夫先生がどんなチームを創ってきたか。どんな采配をするか。2人の初対戦は絶対に見たいと思った。いや「見なきゃ絶対に後悔する!!!」
(※2002年にはジュニア代表のヘッドコーチとして采配はふるっているが、マイチームとしては4年ぶり)

 仙台には取材を通じて知り合ったバスケット仲間がたくさんいるのだが、その思いは皆同じで、仙台から車を出してくれるという。私と記者仲間のBさんと、イネさん(仙台高校OBで現明治大の板橋選手の母、元共同石油のプレイヤー!)は、田鶴子先生(仙台高校HP管理人ミニさんの母で、元仙台高校の体育講師、片平ミニの指導者)が出す車で、一路会場である小牛田(こごた)農林高へと向かった。

 小牛田とは一体どこか? 仙台から北上すること1時間半。そこは静かな農村地帯だった。ササニシキの本場とあって、コンビニのオニギリでさえ米粒がおいしい。梨の名産地でもあり、道すがらにはまん丸い梨の小売店が連なる。気分はまるで「田舎に泊まろう♪」。これから始まるドラマのことなど、まったく予感させないのどかな風景だったが、いやはや、試合はやはりというか熱かった…。

 それはもう、お互いの意地と魂のぶつかり合い!!!

 6月の県総体では入学して2か月足らずの選手に「まだ何も教えてないから」と怒ることのなかった久夫先生だが、この日はこれまでの熱い采配がよみがえっていた。対して剛先生も怯んでいない。恩師を前にして「おーい!背の高いやつをやっつける楽しさを感じろ!」と選手に檄を飛ばすあたり、名門高のコーチというプライドが出てきている。というか、久夫先生と言うことが似てきている(笑)。これは2人が対戦した姿をはじめて見て分かった新事実。剛先生の采配が、これまでより少し突き抜けた感がしたのは私だけではないはずだ。3クォーターの中盤には、両ベンチで「ここだよ!ここ!ここ!」を連呼する白熱ぶり。おお!仙台の血が沸き返る!

 選手たちも最後まであきらめなかった。仙台は夏の間はメンバー構成に試行錯誤していたが、剛先生は信じた3年生をスタメンにして勝負。明成も夏から見違えるほどチームになっていた。ビックリしたのが体つき。6月に見たときは「細い」と思っていた体が、一夏超えて「チョットたくましく」なっていた。さらに驚いたのがディフェンス。

 一体、明成はいくつのディフェンスを仕掛けたのだろう。2-2-1ゾーンから始まって、2-3、2-1-2のオールコートのゾーンプレス、マンツーマンとめまぐるしく変わる。しかも積極的にバンバン当たってくる。「これ1年生がやっているんだよね?」と目を疑うほどの運動量だ。今までの久夫先生ならば、絶対にゾーンから試合に入ることなどないから、そういった意味でも目を疑った。

「これは、勝負に出ている!!!」

 オフェンスではガード陣を中心に、ガンガン1対1を仕掛けてくる。だけど、この日はシュートが全然入らなかった。ディフェンスに比べると、オフェンスとセンター陣の仕上がりはまだまだのよう。明成も仙台も手痛いミスが何度もあったが、それでも勝負所を見逃さず、ここ一番でシュートを立て続けに決めた仙台に軍配が上がった。結果は72-68。大接戦だった。

 勝因を一言で言うならば、「3年生と1年生の意地の差」だろう。

「能代工のどんくさいキャプテンだって存在感のある選手がいるもんな。うちにはまだそれがいない。ああいう場面は技術じゃない。やっぱり気持ちなんだ」と久夫先生。

 明成の選手たちは最後の競った場面で“未知との遭遇”の迷宮に入ってしまった。そこでもうひと踏ん張りできる選手がいなかったのだ。この経験とスタミナ面が明成の今後の大きな課題だろう。仙台は全国で戦うには課題は山積みだが、夏からは見違えるほど脚力がついていた。そして何より「仙台高校のプライド」は失っていなかった。

 久夫先生と剛先生。この2人の心情、取り巻く背景にはちょっとした渦が巻いていた。久夫先生は剛先生に仙台高を託してから「今は剛のチームだから」とわざと近づいていなかった。それは決してイジワルなんかではなく「ヨソ者が口を出しては指導者のやりたいチームを創れない」という恩師なりの配慮でもある。これが久夫先生の優しさであり、ちょっとした意地。久夫先生もこうやって一人もがいて仙台高校を創り上げたのだ。「剛、早く仙台高校を一人前のチームにしてみろ!」と言わんばかりに。そして今、剛先生は久夫先生を頼ることなく、仙台高を自分のチームにしようと必死に懸命にもがいている。

 そんな2人が試合開始3分前、はじめて歩み寄って握手を交わした。

 「3年間やってきて、自分のチームになったか」
 「頑張ってやっています」
 
 そう言葉を交わすと、久夫先生は剛先生の肩を抱きながら、仙台のベンチまで送り出した。2人の目に光るものを感じたのは気のせいだろうか…? その瞬間だけは意地の張り合いなどなく、恩師と教え子に戻っていたようだった。そして、お互いベンチに戻るとヘッドコーチの顔に戻り、2人ははじめて同じ土俵に立ったのだ。

 この日、仙台が勝利して宮城県の高校バスケットの歴史が変わることはなかった。だけど、佐藤久夫という名将が、自ら基盤を創ったチームに勝てなかったということは、ある意味、佐藤剛がその魂をしっかり受け継いでいる証拠であり、そこで意地を見せた佐藤剛が恩師に恩返しをしたということでもある。歴史は変わらなかったが、宮城県の高校バスケットの歴史に新たなストーリーが刻まれた日であった。

kessen2.jpg

仙台高校・剛先生のベンチ。試合中の檄や采配が久夫先生に似てきた…!

kessen3.jpg

試合後に母校・仙台高校の選手に言葉をかける久夫先生。けっこう長い間、話していた。

kessen6.jpg

会場となった小牛田農林高は大勢の観客であふれかえった。ギャラリー、ステージ上、フロアと何重もの人だかり。写真のように、ベンチとオフィシャルの裏にまで観客が!これが仙台市内やグランディ21で行われていたら、超満員だったことだろう。


Posted by yota at 03:21  高校バスケ