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月バスTOPICS

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2019/02/06

今週の逸足『JORDAN series』

『AJ7』1992年8月8日
“ドリームチーム”で金メダル

 

 「つまり、どうやって外国市場を征服するかといえば、米国内で行っているのと同じ方法で、ということになります。世界最高の貿易通貨である、スポーツを輸出するだけです」
 1992年の投資家向け年次報告書で、ナイキCEO(当時)のフィル・ナイトは誇らしげにこう語っている。その集大成ともいえるイベントが、バルセロナ五輪だった。ドナルド・カッツの著書『Just do it』によれば、1991年4月末、NBAコミッショナー(当時)のデビッド・スターンはナイキを訪問し、“ドリームチーム”結成への協力を求めている。その場でスターンは、コンバースを米国代表の公式シューズとする現行の契約に変更はないが、メンバーにコンバースの着用を強制することはない、とナイトに直接約束した。国際的な舞台でのジョーダンの活躍は、そのままNBAとナイキの成功、そして競技そのものの拡大にもつながる。両者はそのことをよく理解していたのだ。

 

 こうして超一流スターだけが結集した“ドリームチーム”が実現。五輪本戦では平均44点差という圧倒的な実力を世界に見せつけ、8月8日、クロアチア代表を破って金メダルを獲得する。星条旗のカラーをあしらったAJ7のオリンピックモデルは世界中で完売。1991‐92シーズン開始時には18か国、27名だった米国外出身のNBA選手は、2017‐18シーズン開始時には42か国(地域)、108人にまで拡大。「スポーツを輸出する」というNBAとナイキの狙いは、大成功を収めた。

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