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月バスTOPICS

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2019/02/06

今週の逸足『JORDAN series』

 CMで語られている(1984年)10月18日、ブルズはマジソンスクエアガーデンでニックスとのプレシーズンマッチを戦っている。だがこのときAJはまだ開発が始まったばかり。この日ジョーダンが履いていたのは、その原型となったシューズ、エアシップの赤×黒。NBAが「ゲームから追放した」のは、AJではなかった。

 この試合の終了後、NBAはブルズに対して確かに“警告”を発している。だがその理由は、ジョーダンのシューズが「ユニフォームの統一性(Uniformity ofUniform)」を定めたルールに違反していること。すなわちチームの中で1人だけ、ユニフォームの色(白)とマッチしない黒×赤のシューズを履いていることだった。翌1985年4月26日付のLAタイムズは、発売直後のAJのブームを報じたうえで、このルールを次のように説明している。「ラリー・バードがグリーンのシューズを履けるのは、チームメイトも同じ色のシューズを履いているからだ。だがセルティックスのユニフォームはグリーンだから、赤いシューズを履くことはできな
い」。

 

 この“警告”を受け、ナイキとNBAは協議。白を基調とした“シカゴ”カラー(白×赤×黒)であれば違反とみなさないことで合意し、”Banned”のCMにも、NBA自ら許可を出している。迎えたレギュラーシーズン、ジョーダンは主にエアシップ(白×グレー、白×赤)と“シカゴ”カラーのAJでプレーしているが、同年の彼のテクニカルファウル数はゼロ。ジョーダンあるいはブルズが実際に罰金を科されたという記録も残っていない。“ブレッド”カラーのAJを履いたジョーダンが、日付とともにはっきりと確認できるのが、1985年2月9日のオールスターウィークエンドだ。彼はゴールドのネックレスにAJのウォームアップ上下、そして黒×赤のAJを着用してスラムダンクコンテストに出場し、観客とメディアの注目を一身に集めた。ナイキとジョーダンの代理人デビッド・フォークは、この日にユニフォームの着用義務がないことを事前に把握しており、4月の発売を控えたAJのPRデーとしてフル活用したのだ。ルーキーにスポットライトを奪われた先輩選手たちは苦々しく思ったはずだが、これもルール違反ではなかった。
 ともあれ、この日を境にNBAが「ゲームから追放した」シューズは、若者の間でもっともクールなアイテムとなった。

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