月バスTOPICS

月バスTOPICS

2019/02/06

今週の逸足『JORDAN series』

  1985年に発売されたマイケル・ジョーダンのシグニチャーモデル、ナイキ・エアジョーダン。ジョーダン本人がNBAから去った後もシリーズを重ね、今年で33作目の登場も予想されている。1人のルーキーの名を冠したバッシュが、その後30年以上に渡って全世界のコート、そしてストリートに欠かせない存在になるとは、いったい誰が想像しただろう。今回はジョーダンが現役の期間に発売された18のモデルと、ターニングポイントとなった“その日”をたどり、キングオブバッシュの軌跡を振り返る。   『AJ1』1985年2月9日 ルール上の盲点をついた“ブレッド”カラーのAJ    「9月15日、ナイキは革新的なバスケットボールシューズを開発した。10月18日、NBAはこのシューズをゲームから追放した。しかし幸い、NBAはあなたがこのシューズを履くことを禁止できない。エアジョーダン、ナイキから。」  1984‐85シーズンに放映されたこの“Banned”のCMから、エアジョーダン(AJ)の伝説は始まった。NBAファン、スニーカーファンなら、『初代AJは、その斬新なデザインゆえ、NBAから使用を禁止された』『ジョーダンは1試合5,000ドルもの罰金を払ってまでAJを履き続けた。実はナイキが、その罰金を肩代わりしていた』  といった逸話を耳にしたことのある人も多いだろう。だが、これらはいささか誇張気味の“都市伝説”だ。実は現在に至るまで、ジョーダンが“ブレッド(黒×赤)”カラーの初代AJを公式戦で着用している映像・写真は、ひとつも確認されていない。 続きを読む

あなたはどう思う?コメント書く

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください