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月バスTOPICS

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2019/02/06

今週の逸足『JORDAN series』

『AJ13』1997年9月9日
ジョーダンブランドの設立発表

 

 「1984年にナイキとの契約がスタートしてから、僕はAJのデザインにずっと関わり続けてきた。ジョーダンブランドは、単にそのプロセスを拡大しただけだ。ブランドを通じて自分を表現したり、次の世代の選手とつながったりすることが、とても楽しみだね」
 1997-98シーズン開幕前の9月9日、ジョーダンは、ニューヨークのナイキタウンで記者会見を開催。シリーズ史上最も軽量(当時)なAJ13をお披露目するとともに、ジョーダンをディレクターとする『ジョーダンブランド』の設立を発表した。
 この日発表された契約アスリートはエディ・ジョーンズ、ヴィン・ベーカー、レイ・アレンら若手NBA選手5人。さらに後日、ランディ・モス(NFL)、ロイ・ジョーンズJr. (ボクシング)、デレク・ジーター(MLB)といった、バスケ以外の競技の一流アスリートとの契約もアナウンスされた。ここからAJは『ジョーダンのためのバッシュ』から、『エリートアスリートだけが着用を許されるブランド』へと進化を遂げていった。

 

『AJ14』1998年6月14日
ラストダンス、ラストショット

 

 1997‐98シーズン、ブルズ王朝は終えんを迎えようとしていた。度重なるゴタゴタでチームは空中分解寸前。それでもブルズはイースタン首位の62勝をマークし、3年連続、90年代で6回目のNBAファイナルに進出する。相手はまたしてもジャズだった。
 敵地ユタでの2試合でAJ13を履いていたジョーダンは、シカゴでの第3戦からAJ14を履いてプレー。この試合でジャズをわずか54点にシャットダウンしたブルズはシリーズの主導権を握る。
 再びユタで迎えた第6戦。ジョーダンは4Q残り5秒でブライヨン・ラッセルとの1on1から鮮やかな逆転ジャンプショットを決め、2度目のスリーピートを達成する。このシュートが、ジョーダンのブルズでの「ザ・ラストショット」となった。
 翌シーズン、ヘッドコーチのフィル・ジャクソンは休養に入り、スコッティ・ピペン
はトレードで、デニス・ロッドマンはFAでブルズを去った。ジョーダンが正式に2 度目の引退を表明したのは、1999年1月13日のことだった。

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