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月バスTOPICS

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2019/02/06

今週の逸足『JORDAN series』

『AJ9』1994年7月30日
マイナーリーガーとしての初ホームラン

 

 引退の翌年、ジョーダンは野球選手への転向を表明し、シカゴ・ホワイトソックス(MLB)傘下の2Aバーミンガム・バロンズと契約。メジャーリーガーは、前年に亡くなった父ジェームズの夢だったという。ナイキもこの挑戦を支持し、特別にAJ9をベースにした野球スパイクを提供した。彼の初ホームランは7月30日、実に354打席目のことだった。ちなみに野球選手としての生涯成績は打率2割2厘、51打点、3ホームラン、30盗塁、11エラーだった。

 

『AJ10』1995年3月18日
“I’m back”

 

 ジョーダンの引退を受け、スポーツドリンクのゲーターレイドは「Be like Mike(マイケルのようになりたい!)」というキャッチコピーを、「You already are like Mike(キミはもうマイケルだ!)」へと切り替えた。NBAにはすでに“ネクスト・ジョーダン”たちが台頭し
つつあった。ナイキはミッチ・リッチモンド(当時キングス)、ケンドール・ギル(当時ソニックス)、ニック・アンダーソン(当時マジック)ら有望な若手選手にAJ10を着用させ、AJを“バスケエリートのブランド”へと転換しようと試みる。これが現在のジョーダンブランドの原点だ。
 一方この頃、MLBではストライキが発生。プレーのめどが立たない状況に嫌気がさしたジョーダンは、1995年3月18日、「I’m back」の短い言葉とともに再びNBAに舞い戻る。彼のバスケ復帰に伴いナイキは、トゥガードを取り外し、45の背番号を刺繍したカスタムメイドのAJ10を急ピッチで準備する必要に迫られた。AJ10はシリーズ唯一、ジョーダンの完全な了解を得ないまま製品化されたモデルだった。

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